2025年5月14日水曜日

水車小屋のネネ

 


「水車小屋のネネ」の表紙はもう一つある。



2枚とも中嶋香織さんの装幀だ。
この本を手に取ったときは、初めの”ヨウムのネネがラジオ番組やカセットテープを聴く様子”の絵のほうが表紙になっていて、それに重なって2枚目に下の表紙が付いていた。

500ページ近い物語の中に中嶋香織さんの挿絵が入っていて、登場人物がほのぼのと薄らぼんやりと描かれていて、この物語の世界を邪魔することなくわたしに更なる温かみを与えてくれた。

著者は、津村記久子さん。
「毎日新聞」に2021年7月1日から2022年7月7日まで連載されたものを加筆修正されて出版された、と記されている。

物語として、1981年、1991年、2001年、2011年と10年ごとに進み、エピローグとして、2021年まで綴られている。
主人公は18歳と8歳の姉妹。
とにかく、実母とその婚約者以外の登場人物の全員が良い人たちばかり。挿絵と共に、姉妹の周りには温かい空気が流れている。

わたしがなぜ、この本を知って読んでみようと思ったか。
わたしたち夫婦がキンシャサ暮らしの時に飼っていた、コンゴインコの”ヨウム”が出てくるからだ。ヨウムは、コンゴに野生の鳥として生息して、3歳児の知能を持つ賢鳥と言われ、寿命も70年、となんだか人間のような鳥なのだ。
とはいえ、夫のプロジェクトで働く技術者のムッシュが我が家に持ってきてくれたヨウムの「ぽんちゃん」は、なぜか一芸たりともしなかった。ただ鳴くだけ。男の人が鳥かごに近づくと、ギャーギャーとわめく始末だった。
藁(わら)の細い筒状のものに入れられて我が家にやってきて、さぞかし狭苦して辛かったことだろう。夫は、捕獲の時のトラウマが心に残っているのではないか、と心配していた。
体毛はグレー。尾羽のみ鮮やかな朱色だった。
その尾羽と同じ色のココヤシと、乾燥トウモロコシを好んで食べ、水を与えて、毎日、小屋に敷いている新聞紙を取り換えた。新聞紙をくちばしでつついて、めちゃくちゃにするのだ。びりびりに破いた新聞紙と糞とココヤシやトウモロコシの食べかすで、鳥小屋は派手に汚された。留まり木にいつも捕まっているので、夫が丈夫な木の枝を見つけてきて、小屋に2本の留まり木を渡して、行ったり来たりできるようにした。
夫が小屋の掃除をしようと手を入れたらものすごいわめき声を上げるので、わたしが掃除係だった。一度、わたしが餌を手のひらに置いて食べさせようとすると、指をかまれてしまい、アフリカでのことだったので、手のひらから食べ物を与えることはあきらめた。
キンシャサのアパートのお隣さんの日本人ドクターが音楽を聴かせると良いというので、ドクター宅のヨウム(”ルージュ”と言った)に音楽を流し始めたので、我が家のぽんちゃんにも音楽を聴かせた。たくさん話しかけた。でも、懐いてくれることはなかったように思う。夜には、籠に布切れを掛けて安らかに眠る状態にもした。
朝、布切れを取るのが遅いと、布切れをくちばしで突いてぼろんぼろんにした。
それでも、かわいいぽんちゃんだった。
(ぽんちゃん、というのは、わたしの息子が小さい頃の呼び名だった。)




大きくなった時、籠も大きなものに替えた。


「水車小屋のネネ」を読んでいて、なんてネネは賢いんだろうと感心したし、しっかり登場人物の主要な”人物”なのだ。それくらいに、皆に愛され溶け込んでいた。
わたしたちの愛情の掛け方が薄かったのかなあ~と反省もした。
キンシャサで近くのアパートに住む年配のドイツ人マダムのとこのヨウムは、マダムがドイツ国歌を手拍子付きで歌うと、留まり木で胸を張って足踏みして行進気取りになり、愛くるしかったなあ、と思い出す。

そんなキンシャサでのぽんちゃんをネネと重ねながら読んだ。
久しぶりに、ああ、この物語がずっとずっと続いてほしい~と思いながら読んだ。

2人以外の皆が善人で、普通の市井の人たちで、飛びぬけて成功するわけでもなく、コロナの時期もたんたんと過ぎていく登場人物の普通の暮らしぶりが、本当に心に沁みわたる良い物語だったなあ。
2024年本屋大賞の2位になっている。

我が家のキンシャサのぽんちゃんは、その後、夫の運転手をしていた(その後、ある国の大使専属運転手になった温厚なムッシュだった。)現地の男性が引き取ってくれて、かれの家族の下で人生を終えたと連絡をもらった。ヨウムの平均寿命としてははるかに短い(我が家に来たのが2013年で、そのとき、ぽんちゃんが何歳だったのかは不明。コロナ時代より前に亡くなっている。)人生だったはずだ。

2024年12月28日土曜日

うみのむこうは

 


五味太郎作。
ちょうど45年前に出版され、まったく色あせることなく、ずーっと読み継がれている絵本だ。
海に囲まれた島国の日本に生まれ、海辺に行くたびに、地球儀を眺めるたびに海の向こうにはどんな町があって、どんな人たちが住んでいるんだろうと、わたしは小さいころからひとり想像していた。
海を見るのが好きだったし、地球儀をながめるのも大好きだった。

わたしが月に2回参加する学習支援教室のボランティア活動でも提案して、今年、ひとつの地球儀が置かれた。
この前の教室でのクリスマス会で、この「うみのむこうは」を選んだ。
もちろん傍に地球儀を置いて。

”ツルツルの地球儀だけど、本当の地球ってこんなに何にもないつるつるなのかなあ?”

こんな質問を子どもたちに投げかけることから読み語りの時間は始まった。
子どもたちは全員首を横に振る。

わたしたちの住む日本の東京に小さな人形を置いて、わたしたちのいる場所を確かめ合った。
そして地球儀の上に、3大都市のところに3か所のビル群を貼った。
3大熱帯雨林のところにジャングルを貼って、三大砂漠には砂に見立てた茶色の紙を貼った。
南極大陸にはキルト綿を貼って雪原を作った。
海には船を浮かべて、サンタさんの国にサンタ人形を置いた。
雪原と子どもたちとサンタ人形以外は手作りの紙で作った。




そして、絵本「うみのむこうは」のページを開いた。

海の向こうにもだれかがいるよ。
わたしたちの住む町と同じように、だれかが暮らしているよ。
仲良くみなで地球を守って手を取り合っていこうよ。

こんなメッセージにあふれた本だと感じる。
子どもたちにも伝わったかな。


うみは ひろいな おおきいな
つきが のぼるし ひがしずむ

うみは おおなみ あおい なみ
ゆれて どこまで つづくやら

うみに おふねを うかばせて
いって みたいな よそのくに

文部省唱歌の”うみ”の歌詞を書いてみた。
・・・行ってみたいな よその国・・・

地球儀を見ながら、たくさんのことを想像してほしい。

2024年9月21日土曜日

絵本 「ジンガくん いちばへ いく」

 


 福音館書店から2002年に出版された絵本。
 ふしはら のじこさん作・絵。
本当のアフリカが詰まっているなと思える絵。大人や子どもたち、赤ん坊のしぐさ。
赤ん坊のおんぶの仕方も本物だ。アフリカの人たちが着ている布地の柄から、頭に巻き付けているスカーフ、アクセサリーもありのまま。荷物の運び方も懐かしい。市場で売られる商品のひとつひとつ、売られるものたちの並べ方もこんなだったな。教会が見える。建物の様子もそのまんま。街角で歌うミュージシャンたちもいる。火焔樹(かえんじゅ)もあるぞ。こんな枝ぶりの大木も見かけたものだ。
押し合いへし合いの乗り合いバスも、なにもかもが本当のアフリカの光景だ。

作者のふしはらのじこさんは、家族と共にコンゴ民主共和国の地方都市に2回にわたって暮らしたのだそうだ。
だから、本当のアフリカを描けたんだな。

友だちのシンゴくんにのじこさんの絵本のファンなのよと話すと、なんと出会いの場を作ってくれた。この絵本をもちろん持って行った。
広い市場の見開きページに、ぼくたち家族が描かれているんです、とのじこさんのご主人が教えてくれた。
え?
ほんとだ!
かのじょのご主人はゴリラの研究者。
ゴリラ研究のフィールドワークに同行したのだそうだ。
絵本の最後のページにサインしてもらった。
わたしのたいせつな絵本だ。     

2022年4月11日月曜日

絵本「みずをくむプリンセス」

 ブルキナファソから帰国してもうじき2か月になります。
10年以上の間、アフリカと東京の自宅を往復している間にたまった本や衣類やこまごましたものを処分して生活基盤を立て直すことに集中するだけの日々だったように思います。

そんな中で出会った絵本が「みずをくむプリンセス」でした。


さえら書房・刊 2020年5月第1刷発行
スーザン・ヴァ―デ・文
ピーター・H・レイノルズ・絵
さくまゆみこ・訳

この本の制作者の中にはアフリカ出身の人はいません。
でも、この絵本のあとがきで、「この物語のもととなる話をしてくれたのは、西アフリカのブルキナファソ出身のスーパーモデル、ジョージー・バディエルです。ブルキナファソで育ったかのじょは夏の間、祖母のところで暮らし、毎朝、村の女性や子どもたちと何キロも先にある川へ行って水くみをしていたと話しました。きれいな水を手に入れることの困難さを知っていたジョージーは大きくなって、ブルキナファソやその周辺に井戸を作るプロジェクトを始めたのです。」ということを知りました。
からからに乾いたサヘル地域にある国、ブルキナファソで生きる人々の暮らしを描く物語なのです。

作者たちは連名で、あとがきの中に、「水は命の源であり、安全な水を手に入れることは、誰にとっても基本的な権利です。この絵本を読んだ人たちが水の問題に気づき、もっと多くの人たちに安全な水をとどけるための力になってくれるとうれしいです。」と添えています。

この絵本全体に広がる茶色い風景が、サヘル地帯に位置するブルキナファソでは水を入手することがいかに大変で大切なことかをわたしたちに教えてくれます。
そして、ぎらぎらと照り付ける大地で生きる人たちにも、バオバブやカリテの大木が木陰を作ってくれて、木の実をかじってひとやすみできること、夜にはさえぎるもののない大きな星空が広がること、気候はきびしいけれど穏やかな生活が子どもたちに安らぎをもたらしてくれていること・・・そんな幸せがあるのだということも教えてくれます。

イマジン。
水がないくらしをおもいうかべてみてください。
人が生きる環境が、地域、地域で違っているということを想像してみてください。
地球上のいろんなところで起こっていることを身近に感じることの大切さを思います。

この絵本のページをめくりながら、ブルキナファソの村に広がる大きな星空の美しさを思い出して、そして人々の瞳の美しさを思い出して、ブルキナファソがきゅーんと恋しくなってしまいました。

2021年11月13日土曜日

”アルケミスト~夢を旅した少年” ワガドゥグで読んで

 


ものすごく不思議な物語に出会いました。
ワガドゥグの日本大使館内にある図書室で出会った本でした。

「アルケミスト」 夢を旅した少年
パウロ・コエーリョ 著
山川紘矢・山川亜希子 訳
角川文庫
1994年12月 地湧社より刊行/ 平成9年2月 角川文庫より初版発行


いつだったか友人がこの物語のことを私に勧めてくれたことを、大使館の図書室本棚に「アルケミスト」を見つけたときに瞬時に思い出し、手に取ってしまいました。
”羊飼いの少年がアンダルシアの平原からアフリカの砂漠を超えてピラミッドを目指す。・・”
少年がサハラ砂漠を越えて旅をする物語なのだ。
ブルキナファソもサハラ砂漠の南の淵~サヘル諸国のひとつ。
この国で、わたしも少年の夢を旅してみよう。

この物語の著者は、ブラジル出身のパウロ・コエーリョ。3年間の世界放浪の旅の後、本国で流行歌の作詞家としてヒットメーカーとなったものの、反政府運動の嫌疑をかけられ投獄。再び世界を巡る旅に出ています。その後、作家として徐々に名声を得て、1988年に出版した「アルケミスト」で不動の地位を確立したということです。
彼の略歴をざっとみただけで、きらりと光る言葉がちりばめられた不思議なファンタジーの世界をなぜ物語に描けたのかがわかるように思います。

アンダルシアで羊飼いとして一人で旅をする少年、サンチャゴが同じ夢を二度見て、直後に不思議な老人に出会うのです。
「これからおまえがやっていくことは、たった一つしかない。そして、前兆の語る言葉を忘れてはいけない。運命に最後まで従うことを忘れずにな。」
世界のすべての素晴らしさを味わいながらも、根底にある大切なものを持ち続けること。

そして、少年は老人からもらった2つの石と、羊を売って得たお金をもって旅に出ます。
二度見た同じ夢を追って、自分の心に熱心に耳を傾けながら、目標に向かって進んでいきます。
「何かを強く望めば、宇宙のすべてが協力して実現するように助けてくれる。」
「前兆に従うこと。」
彼の旅の途中で出会ったジプシーの女や老いた王様、どろぼう、クリスタル商人、オアシスの少女、そして錬金術師(アルケミスト)。
すべての出会いと少年の行動が無駄なく時系列で書き出されて、まるでチェーンの繋がりのように書き進められていく文体。繋がれていくチェーンがどこに向かうのか、わたしこそがその鎖を辿りながら少年の跡を歩いていくように物語を追っていけたのでした。
簡潔なのに、行間に宇宙のような広がりを見せる文体だからこそ、ファンタジーの世界に入り込めたのかもしれません。

物語の始まった場所に、少年サンチャゴは物語の最後にまた戻ってきて”終演”する、という終わり方にも魅了されました。

つかみどころのない不思議な文体で物語を紡ぐ手法は、まるで「星の王子さま」の世界だ、と思って読んでいたら、”羊飼いの少年サンチャゴが夢に従って旅に出て、ついには錬金術の秘密を手に入れるというこの童話風の物語は、サン・テグジュペリの「星の王子さま」に並び称されるほどの称賛を浴びました。”という一文を訳者あとがきで見つけました。

パウロ・コエ―リョさんの紡いだこの宇宙の中に漂っているようなファンタジーの物語の世界をそのまま届けてくれたのであろう山川紘矢・亜希子夫妻の翻訳にも感謝です。


2021年11月6日土曜日

本「現代アフリカ文化の今」

 最近、在ブルキナファソ大使館図書室に届いた本です。
ラッキーにもわたしは、いち早く借りて読むことができました。



「現代アフリカ文化の今 15の視点からその現在地を探る」
編者: ウスビ・サコ、清水貴夫
青幻舎刊/ 発行日:2020年5月30日

この本の帯には、

”同情と救済の対象から地続きのアフリカ世界へ” 
現代アフリカのポピュラーカルチャーを切り口にグローバル時代の新しいアフリカ像を展望する15の思考実験

とありました。
この本のまとめ役、ウスビ・サコさんは、マリ共和国出身で、中国で建築学を実践的に学んだ後、京都大学大学院で建築計画を学び工学博士取得。専門は空間人類学ということです。
サコさんの書いた「現代アフリカ建築と建設の今」の項は、わたしが足かけ30年の間見続けてきたアフリカ都市の町並みを思い出しながら読めて、おもしろかったです。(といっても、わたしはアフリカの下層レベルの人たちの中心地区には足を踏み入れることはなかったのですが。)
アフリカのそれぞれの国で根付く慣習、世界中に広がるアフリカ人ネットワークとアフリカの人々のタフな精神、商売力。
土地で生まれ育まれてきた宗教、伝統音楽と現代音楽、映画、写真、ファッション、そして建築。
芸術家として生きる姿勢、国際的に活躍するプロスポーツ選手や芸術家などを通して見えてくる”アフリカを生きる”ということ。
そして、アフリカとアジア、中南米の国々がこれからますます繋がっていくという重要性も考えさせられました。

いろいろな問題を抱えながらも、独特の文化風習を背景にバイタリティーあふれる生き方をするアフリカの人たちの今の姿とこれからを多方面からアプローチして提示する一冊でした。
実際には、政府間レベルでは未だに解決の難しいこともいくつも横たわっているのでしょう。国民の健康問題や環境問題にまでは行きつかないアフリカの政府の力。まだまだ国際援助に頼ろうとする政府の姿勢。

これからのアフリカには同情も救済も要らない。庶民レベルでは、対等に認め合って同じ地球人として生きることだなとしみじみ思いました。

2021年9月19日日曜日

絵本 そのこ ~遠く離れたガーナの子どもたちに想いを馳せて

 


 ブルキナファソの国の首都、ワガドゥグからまた本屋ブログを再開します。

わたしがワガドゥグに戻ってきて1週間が経ちました。
1年半ぶりに帰ってきたこの町は、一見、全く何の変わりもないように見えたのですが・・。ブルキナファソの伝統工芸織物を外国人向けに奇麗な色の糸を使って織る、ちょっとおしゃれなブティックに立ち寄ったとき、店は半分カーテンが閉められ、店に並ぶ商品も半減して色あせて、ちょっと元気のない店主と再会しました。1年半前にわたしが緊急出国する前に会った店主マダムはコロナ禍で外国人が減るとわたしの店は大きな打撃を受けることになると心配そうにしていたのを思い出しました。

この店は間違いなく、その損失を受けていると直感しました。
ということは、店の奥で簡素な織機を使って織る職人さんたちもいなくなったのかな。奥はとてもひっそりしていました。かれらの暮らしが心配になりました。

そんな折、ワガドゥグでこの国の男性と家庭を持って暮らす、元気な3人の子の母親でもある日本人女性から、絵本「そのこ」を教えてもらい、借りてきました。

「そのこ」
谷側俊太郎 詩、 塚本やすし 絵、晶文社 刊





日本から遠く離れたアフリカの国、ガーナに暮らす一人の男の子の話です。
ガーナ、といえばチョコレートの国だ、と連想するのが一般の日本人でしょうか。

そのチョコレートの原材料のカカオはどのようにして収穫されて、どのように出荷されて日本にたどり着くのでしょう。
収穫の時に、子どもの手が入っていることを連想したことがありますか。

同じ地球に生まれて、同じ空を見上げる子たちなのに。
学校に行ける子と行けない子。
ふかふかの布団にくるまって寝られる子と堅い地面に横たわって寝るだけの子。
ゲームがいつもそばにある子とそんなものに無縁の子。
ゲームなんかなくても、子どもらしく一日中遊びに夢中になれる子とそうではない子。

いろんな境遇の中で生きている子に想いを馳せてみてほしいなとこの絵本を読んで思います。
お友だちでもないけど、本当に出会ってもないけど、世界中に生きる子たちのことを思い描いてみてください。
家族で思い描いてみてください。

わたしが借りた本は、2011年6月10日の初版本です。
2012年11月20日2刷からは、中保佐和子(詩人・翻訳家)さんによる英訳が加筆されているということです。


世界中の子どもたちが幸せに暮らせますように。



2021年2月26日金曜日

友だちからのプレゼント~『映画・えんとつ町のプペル』の絵本

 



映画 えんとつ町のプペル
製作総指揮・原作・脚本:西野亮廣
幻冬舎

昨年の暮れ、友だちから『映画・えんとつ町のプぺル』をプレゼントされた。
この映画を日本で観てから夫の元に行こうと思ったけど、観られないままで残念だと言い残してフランスに戻って行った。
空想の世界を描く物語が好きな友だちが勧める物語だけあって、とっても幻想的な絵と物語だ。
絵本に出てくる絵はすべて夜の町。
絵本に使われる紙自体が、黒い。
舞台は、煙がもうもうと上がる工業地帯と、そこに広がる夜の飲み屋街。

まるで、わたしが3歳まで住んでいた北九州工業地帯を見下ろす枝光の高台からの夜景を思い出す。

公害がひどくなって長い煙突が2本建設された後の北九州工業地帯の夜景だ。夜の工業地帯風景の名所に挙げられているとも聞く。




戦後すぐに宅地整備された高台の住宅地から下って行くと、路面電車が通る雑踏の工場の街が広がる。八幡製鉄所の工員たちが仕事を終えた後に繰り出す飲み屋街からの喧騒、路面電車や工場からのざわめきが高台に建つ木造の我が家にも上って来ていた。
北九州工業地帯の高い煙突や曲がりくねって林立する太い鉄の管に取り付けられたピカピカと点滅する照明の手前には、鹿児島本線が土手の上を走っていた。
当時は、夜行列車も頻繁に走っていたから、工業地帯の星のような灯りの中を長い光が尾を引くように走り抜けていた。
わたしは、耳に入ってくる街の音が溶け込む光景を、夢の中にいるようにうっとり見とれるだけだったが、あの漫画家の松本零士さんはしっかりとその感覚を『銀河鉄道999』の漫画に昇華させていたのだと知ったときは、ヤラレタァー!!!、と思ったものだ。

そんな幻想的な煙にむせぶ工業地帯の夜景の中で、せつなくも美しい話が進んでいく。
ゴミ山のごみでできたゴミ人間、プぺルから出るくさい臭いもガスになってもうもうとプペルの回りに漂っている。
さぞかしくさいんだろうなあ。臭ってくるようだ。
工場からの煙と、ゴミ人間から出るガスの煙と、それから冬の凍える空気に漂う蒸気が入り混じって町じゅうがもやっている。

母親と二人暮らしの少年、ルビッチとの間に芽生える友情もまた、煙の中でせつない。
煙が目に沁みるんだか、心が感動しているんだか、そんな不思議な気持ちが湧いてくる。

ハローウィーンの夜に出会った二人の因縁。

少年の父親は船乗りだった。
父は、煙を通り越したその上には、光り輝く石っころが浮かんでいると言った。
何万個もの光る石っころ~「ホシ」が浮かんでいると言った。
地上からは決して仰ぎ見ることのできない「ホシ」。

そして、ついに二人は煙の層を突破して、父が話してくれた何万個もの光るホシを観た。
何もかもを理解したプペルとルビッチの深い繋がりに心洗われる。

今も、あの北九州工業地帯を見下ろす高台にわたしのいとこ夫婦が住んでいる。
代が替わっていっても、ドアを開けるといつも同じ懐かしいにおいがする高台の家。
いとこ夫婦にこの絵本を贈った。
小さいころから、いつもわたしたちを温かく迎えてくれてありがとう、の気持ちを込めて。

2021年1月25日月曜日

「剣と蝸牛(かたつむり)の国 コンゴ―」~60年前のコンゴにタイムスリップ~

 




思いもかけず、一冊の本によってタイムスリップしたかのように60年前のコンゴを訪ねることができました。
アフリカのエキスパートのおひとり、T大使の紹介で蔵書をお借りして読んだ、「剣と蝸牛の国、コンゴ― 黒い大陸の明るい人達」(山本玲子著、野田経済社、1961年9月30日初版、現在廃版)です。

1960年6月30日のベルギー領コンゴ独立の前後、1年半を、レオポルドヴィルの日本領事館(現キンシャサの日本大使館)勤務の夫の転勤に伴って同行した一日本人女性の滞在記です。
かのじょの生き生きとした文章力と鋭い観察力にのめりこみ、実際に1959年~61年のコンゴに入り込んだように、大笑いし、大きく頷き、わたしたちが2012年から暮らしたキンシャサとの違いに驚きながら読みました。

表題になっている、「剣と蝸牛(かたつむり)」とは何だろう、と読み進めていくと・・。
1960年の独立を推し進め、”独立の父”として亡くなった今も人気を保つ初代大統領カサヴブ氏の出身地、バコンゴ地域に14,5世紀の頃に栄えたバコンゴ王国の象徴が「蝸牛と剣」だということです。
また、カサヴブ氏によってバコンゴで結成されたアバコ党の結束力が1960年のコンゴ独立に導いたと言われていて、そのアバコ党の微章にも蝸牛と剣が使われているとも書かれていました。
「剣」は権威を、また「蝸牛(かたつむり)」は指導者に求められる資質を示しているのだそうです。
かたつむりのようにゆっくりと正確に黙々と忍耐を持って進む指導者。
著者が身近に見聞したカサヴブ氏の印象は、かたつむりそのものだったと記されています。

独立前後のコンゴのエネルギーを肌に感じ、直後に起こったコンゴ動乱にも遭遇し、間もなくコンゴを後にし帰国した著者の、未来のコンゴの国への応援の言葉でこの滞在記は終わっています。

「・・急激にベルギーの枠から外れ、独り立ちし、この世界に飛び込んだ彼らには、これからもあらゆる面での困難は多いことでしょうが、この勇敢であり、進取の気性に富んだ楽天的な国民は、その進み方は外からの目には遅く見えるかもしれないのですが、でも、あらゆる困難を押しのけ、躍進していくこととわたしは信じています。」

その後、国民たちはモブツ大統領の下で困難にあえぎ、豊富に眠る天然資源のために先進国から翻弄され、未だに戦闘状態の地域もあり、平和とは言い難いコンゴですが、著者の言葉のようにわたしもこの国の未来を信じて、コンゴの人たちを見守り続けたいと思います。

2020年11月28日土曜日

絵本”いつも ふたりで” ~ 夫婦で歩んできて

 昨日から、本箱の絵本”いつも ふたりで”を引っぱり出して読み返しています。


ジュディス・カー作、亀井よし子訳。
ブロンズ新社からの出版です。


おばあちゃんは、ひとりソファで何かを待っている、という場面で物語は始まります。

お茶の時間を待っているの?
いいえ。
かのじょは、今では天国にいる夫が毎日午後4時から7時のあいだ、せなかの翼を広げて戻ってきて、二人でいろんなところへ出かけて行くのを待っているのです。

おばあちゃんったらソファでうとうとしてる、なんて思ってない?
いいえ。
かのじょは、夫といっしょにいろんなところに出かけて二人で楽しんでいるのです。

おばあちゃんの本音も語られています。
夫と二人で、こことは別の世界に行って、あの幸せだった日々を生き直したいと思うこともあるわ、って。
いつも、ふたりでいたいから、って。

毎日、今でも二人は午後4時から7時の間、共に過ごしているのです。


この絵本のページをめくると、さいしょに、

     ”わたしのトムへ”

と書かれています。
「いつも ふたりで」の作者、ジュディス・カーは1923年ベルリン生まれ。ナチスの迫害を逃れてスイス、フランスと渡った後、イギリスで脚本家のトム・ニールと出会い、3人の子どもを育てながら絵本作家として活躍した女性なのだそうです。
2006年に50数年共に歩んだ夫が天国へ。
この絵本は、夫トムに捧げた絵本なのでしょう。
日本では、2011年に翻訳されて初版が出ています。


さて、この絵本をなぜ紹介しようと思ったのか、というと・・・。

今週で、わたしの毎朝の楽しみだったNHKテレビ小説「エール」が完結しました。
裕一と音(おと)の夫婦が戦争を挟んで昭和の時代に音楽とともに生きてきた人生を描いたドラマでした。
そして、物語の終幕の描き方に大きく感動しました。

妻である音(おと)がベッドに横たわる最期の場面で。
音(おと)が言います。
「海が見たい。あなたと出会った頃のように。歌を歌ったり。」
「わかった。行こう。」
ふたりはゆっくりと病室の床に足を下ろしてぽつり、ぽつりと歩を進めると・・・。
木の床がいつしか砂地になって、二人の歩も力強いものに変わっていって浜辺に移って・・・二人の出会った頃に戻って海辺をのびやかに走っているのです。
海辺に置かれたオルガンを裕一が弾いて、音が歌って、ふたりが輝いていたあの頃にもどり。

「出会ってくれて、ありがとう。」
「わたしも。あなたといられて、しあわせでした。」

夫婦で伴走してどんなことにも乗り越えていく力強い姿をこの絵本とこのテレビドラマに感じました。
人生は過ぎてしまえば短いのだなあ。
だからこそ、わたしも一生懸命に誠実に生きてゆくぞ!、と思うのです。
最期に、感謝の言葉を言いたいから。

2020年9月25日金曜日

「森のおくから」~むかし、カナダであった ほんとうのはなし~カリフォルニアで起こった山火事によせて

 


アメリカ南西部で大きな山火事発生のニュースが日本にまで届きました。
夜になってもオレンジ色に染まった空をカリフォルニアから遠く離れたところからでも観察できたそうです。
からからに乾燥した森林で自然発生した小さな火種から、森全体を焼けつくす山火事の恐ろしさはローラ・インガルス著の「大草原の小さな家」でも描かれています。


そして、今回、コロナ渦中で地球の大国が敵対する中で起こったこの山火事のことに重ねて思い出したのが、アメリカ人のレベッカ・ボンドが著した絵本「森のおくから~むかし、カナダであった ほんとうのはなし」です。


物語の主人公のアントニオは、カナダのゴーガンダ湖畔でお母さんが経営するホテルに住んでいました。アントニオの友だちと言えば、ホテルで働く大人たち。そして、アントニオはホテルにやってくるお客さんたちを観察することも大好きでしたし、森に入っていろいろなものを発見するのも好きでした。
けれども、動物は決して彼の前に姿を見せませんでした。

ある夏、森でくすぶっていた煙から火が瞬く間に広がっていきました。
辺り一帯、煙と炎でものすごい暑さになり、逃げる場所は湖だけでした。
ゴーガンダじゅうの人たちは赤ちゃんも年寄りも皆、湖に集まりました。

そして、不思議なことが起こったのです。
炎と煙の向こうから、ぞくぞくと森じゅうの動物たちが湖に入ってきたのです。
小さな動物から大きな動物まで。
アントニオは目を見張りました。
皆、静かに湖の水に浸かって火事がおさまるのを待っていたのだそうです。
すぐ近くに動物たちがいる。動物たちのにおいも、あつい息遣いも感じます。
人間も、小動物も大きな動物も入り混じって、同じ湖に入って山火事から身を守っていたのです。
皆こうべを垂れて手を合わせて湖に浸かりながら待っている姿が、遠くの空はオレンジ色に染まって、辺り一帯は煙に覆われた真っ暗な空の下に描かれています。

皆が”共生”している。
美しい光景でした。

そして、山火事がおさまったとき、人間も動物も湖を離れて、静かにそれぞれの住み家に帰っていったのだそうです。

1914年、夏。アントニオが5歳の時だったそうです。

この話は本当にあったことです、と作者あとがきの冒頭に書かれています。
”あとがき”に主人公のアントニオの可愛らしい写真も見ることができます。
アントニオは、この物語の作者レベッカさんの亡きおじいさんです。
作者は、この話をおじいさんの娘である作者の母親から何度も何度も聴いたのでしょう。
おじいさんは、子どもたちにいろんな話をしてくれて、その話が今度は孫に伝わっていく。
レベッカさんは、お母さんが話してくれるおじいさんの物語の中で、この話がいちばん好きだったと回顧しています。

この絵本は、東京都下にあるゴブリン書房という、ご夫婦で営む出版社から出ています。
世界中の本を探して、ご夫婦が日本で紹介したいという本だけを出版しているということを経営者の講演で聴きました。

災難の中で、森じゅうの生き物たちが、静かに身を寄せ合って災難が去るのを待ち、災難が去ると、また何事もなかったかのようにいつものそれぞれの日常に戻っていく。

静かな時間の流れの中に、共に生きることの真実を描いている、感動の絵本でした。

2020年8月11日火曜日

習志野隕石によせて~”そらからきた こいし”

 今年、2020年7月2日未明に、関東地方や東海地方などの夜空に火球が目撃される、というニュースが飛び込んできました。

そして、7月13日に、燃え尽きなかった岩石部分が習志野市のマンションに落下しているという情報が千葉県立中央博物館に届き、その後、国立科学博物館によってそれらの岩石を分析すると隕石の破片2個だと発表されました。さらには船橋市でも隕石の破片が見つかったという続報もニュースとなりました。
夏の夜空から、まるでファンタジックな贈り物が届いたようでした。


隕石には不思議な宇宙の成分が含まれているんだろうなあ。

なんてあれこれ思いを巡らしていたら、空から落ちてきた小石を拾った女の子のことを絵本にした物語をふっと思い出しました。




「そらからきた こいし」(偕成社)
 しおたにまみこ 作

作者はなんと今回、隕石が発見された千葉県生まれ。
全ページ鉛筆画で描かれていて、宇宙と繋がっているような不思議な雰囲気を醸し出しているこの絵本は、作者にとって初めての作品だと紹介されています。わたしの手元のこの絵本は、2018年9月初版のものです。


主人公の女の子は庭先で少し浮いているように見える方解石のような角ばった小石を見つけます。よく調べようと図書館へ向かう途中でまた同じような小石を見つけて・・・。その晩、夜空を見上げていると光が落ちていくのを見て、地図で調べて、翌朝、光が落ちたと思しき地点に行ってみると、やっぱりそこに同じように浮かんでいるような小石を見つけて・・・。不思議なことが次々と起こります。


 わたしは小さいときから、きれいな石ころが好きで、我が家にあった原色大百科事典で、世界の宝石の原石のカラー写真を暇さえあれば引っ張り出して見惚れていました。
父は、そんなわたしを河原や山の中のせせらぎに連れて行ってくれて、鉱物の種類を教えてくれました。そのときからわたしの石収集が始まったようです。

この絵本はファンタジーにあふれていて、わたしがきれいな石に憧れていた小学生の頃に出会っていたなら、きっともううっとりして宇宙からの石探しに没頭していたこと請け合いです。それくらいに、魅力的な絵本なのです。


「隕石」という言葉を調べてみると・・・。
惑星間空間に存在する固体物質が地球などの惑星の表面に落下してきたもののこと。
昔は「天隕石」、「天降石」、「星石」と書かれたこともある。(ウィキペディア)

”星の石”。なんてきれいなネーミングなのでしょう。
隕石は磁石にくっ付くと聞いたことがありますが、鉄分が含まれているのかな。
この絵本では、ちょっと浮いている石、として登場します。そして光るのです。

なんだか、ジブリ作品の「天空の城ラピュタ」まで想像が広がっていきます。

これから隕石について、この習志野隕石で分析されて貴重なデータが得られるのでしょう。
それでも、わたしたちは、この「そらからきた こいし」のように空想を膨らませて宇宙のファンタジーを子どもたちと楽しみたいものです。

2020年7月18日土曜日

ブックカバーチャレンジ絵本編⑩~「ハルばあちゃんの手」と『ルリユールおじさん』

”かってに絵本紹介”の10回目です。

今回は、「職人として人生を生きてきた、年輪を感じる手を持つ人」をテーマに選んだ2冊の絵本のコラボにして、このシリーズの最終回にします。


ハルばあちゃんのほうは2005年初版。
ルリユールおじさんは2006年初版。
どちらも、私自身のために買い求めた絵本と言えるかもしれません。
ハルばあちゃんは日本の海辺の村に生まれ、器用な手で周囲の人々を和ませ、家族を養い、ケーキ職人の夫とともに働いて晩年を迎えたとき、苦労して幸せに生きた女性だけが持つとても美しい手になっていました。昭和の町の匂いがページいっぱいに立ち込めます。
ルリユールおじさんのほうは、パリで今ではもう数少ない製本職人として父から息子へ受け継がれた確かな技術を持って生きてきたおじさんの、木のこぶのような手が、日本人画家のいせひでこさんの感性で描かれています。何度も何度もページをめくってボロボロになっても大切に持っている女の子の、木のことならなんでも載っているという図鑑を、"relieur"、製本職人のおじさんに修理をお願いすることで始まる、パリの町を舞台にした交流がとっても温かいのです。いせひでこさんの絵の力に引き込まれます。偶然にも、いせひでこさんにお会いしたことがありますがとても自然な感じの魅力的な女性でした。チェロ奏者でもあります。
(余談ですが、ルリユールおじさんに自分だけの図鑑に作り直してもらった女の子は、いせひでこさんの絵本の中に脇役として再び登場して、パリの植物園に勤務する植物学者になっています!)
ハルさんも製本職人のおじさんも、一生懸命に与えられた道を歩いてきた人たち。
その二人の持つ手の美しさが、生きた場所は違っても、共鳴し合うようです。
『パリのおばあさんの物語』の移民のユダヤ人としてパリに生きた女性もきっと美しい手を持つ女性なのだろうと思いを馳せます。
絵本は、子どもだけの本ではないと確かに思います。
良い絵本は手元に置いて、何度も読み返して人生を歩いていきたいなと思うのです。
姿勢を正してもらいながら。そして、エールをもらいながら。

2020年7月17日金曜日

ブックカバーチャレンジ絵本編⑨~「ことばあそびうた」



”かってに絵本紹介”も9回目になりました。 今回は、詩の本です。 『ことばあそびうた』(福音館書店)
 谷川俊太郎・詩  瀬川康男・絵
最初のページに載っているのは、小学校何年生かの国語の教科書に採用されていることでも有名な、”ののはな”という句読点ひとつない、ひらがなだけが並ぶ詩です。
”はなののののはな
はなのななあに
なずななのはななもないのばな”
この詩を読むと、かれこれ50年以上も前のテレビドラマ(ちゃこちゃんシリーズでした)の一場面を思い出します。
”うらにわにわにわにわにわにわにわとりがいる”
学校で、句読点を付けて意味が通るようにするという宿題が出て頭をひねる姉。繰り返し繰り返し読んでみるけど、どこで区切って読めばいいのか、ちんぷんかんぷん。二段ベッドの上だか下だかに寝ていた弟があっけらかんと言うのでした。
お姉ちゃん、ちゃんと読んでるよ、ぼく分かるよ。
”うら庭には二羽、庭には二羽、にわとりがいる” でしょ。
そんなことも思い出しながら、最後までぷっと笑いを堪えて、すらすら読んでみる、なんてことを自分に課しながら読む楽しさ。
すると、言葉の持つ音と、韻を踏むことでリズミカルな流れが生まれる面白さが行間に浮き上がってきます。
2011年3月の東日本大震災の直後、日本中がおかしい雰囲気に包まれ、夫は出張でいないし、娘もいないし、息子は卒業して会社の寮に移り、ひとり残された私は、ふと思いついて、この「ことばあそびうた」と斉藤孝編「子ども版・声に出して読みたい日本語・近代詩」(草思社)を本箱から引っぱり出して大きな声に出して読んでみました。その時に感じた、すかー!っとした気分は忘れられません。
集中してお腹から声に出して読むということで、心のうっぷん、不安が吐き出された思いでした。そういうこともあって、その年の夏の絵本屋には、詩を中心に置いて選書したことも懐かしく思い出します。
「ことばあそびうた」の画家、瀬川康男さんの挿絵(たぶん、版画)もすばらしいです。あ。それで思い出しました。今まで紹介した絵本の裏表紙もぜひのぞいてみてください。どの絵本の裏表紙もすばらしい芸術です。本には、そんな楽しみも隠されているのです。

2020年7月15日水曜日

ブックカバーチャレンジ絵本編⑧~「すばらしいとき」と「月夜のみみずく」

”かってに絵本紹介”8回目は、父子で味わうセンス・オブ・ワンダーの世界を描いた絵本を、と思います。
『すばらしいとき』(福音館書店)
 ロバート・マックロスキー・文と絵  渡辺茂男・訳

かもさんおとおり」などで知られるロバートマックロスキーさんの一家をモデルにした絵本です。
一家は毎夏、自然豊かな島で過ごします。お父さん、お母さん、そして二人の姉妹。父親であるマックロスキーさんは、家族で過ごしたひと夏の離島での日々をまるで写真に撮るように絵本にして綴っています。
すばらしい自然の中で過ごしたかけがえのない家族の思い出を残そうとするかのように。
2回目の夏の絵本屋で、レイチェル・カーソン著「センス・オブ・ワンダー」という本を中心に据えて選書しました。子どもたちと親が一緒になって豊かな自然の中で、五感を研ぎ澄ましながらいろいろなものに触れる大切さを説いた内容です。日本版にはきれいな自然の写真が多く挿入されています。
そんなカーソンさんの理念が再現されたような絵本、物語を選ぼうとしたとき、いちばんに心に浮かんだ絵本が、『すばらしいとき』でした。
マックロスキーさんは、『サリーのこけももつみ』でまだ幼かった長女を描き、『海べのあさ』では次女が生まれて、『すばらしいとき』では成長した姉妹の夏の日々を描いています。
この絵本の初版は1957年にアメリカで。なんとわたしと同い年!
日本では1978年に初版。
いまも出版され続ける、わたしの大切な絵本の一冊です。

そして、もう一冊、紹介したい絵本を添えたいと思います。

『月夜のみみずく』(偕成社)
ヨーレン・作 ショーレンヘール・絵 工藤直子・訳

月夜の森にお父さんが小さな娘を連れて、フクロウ探しに出かけます。 しぃんと静まった冷たい空気の中、月が雪の森を照らします。その中を進む父娘の息遣いが聴こえてくるように描かれる物語です。 大きな自然に向かい合うという初めての体験に、女の子の緊張感と、お父さんと一緒だという安心感が交錯する様子がしっかり伝わってきます。
父と子ふたりで大自然に対峙する”時”を共有することのすばらしさを感じる絵本です。 二人の作者は、夫が小さな子どもたちを連れて、自然の中でたくさんのすばらしい経験をしてくれたことへの感謝をメッセージとして絵本の中に載せていることにも感動です。

最後のページの、初めての経験に興奮して満足感に浸りながら、小さな女の子がお父さんに背負われて家路に向かう場面に限りない温かさが広がります。 「すばらしいとき」も「月夜のみみずく」も、どちらもコルデコット賞を受賞しています。

ブックカバーチャレンジ絵本編⑦~「木はいいなあ」と「木をかこう」」


”かってに絵本紹介”の7回目です。
今回の絵本に、これを選びました。 『木はいいなあ』(偕成社)  ジャニス・メイ・ユードリィ・作  マーク・シーモント・絵  さいおんじさちこ・訳
作者のユードリィさん(保育園の先生だったそうです)は、この絵本全体で木ってこんなにすばらしいのよー!、っということを皆に教えてくれます。

35年も前になりますが、小さな娘を連れて夫の仕事でネパールに住んでいた時、わたしたちが借りていた家の庭に大きな木が一本ありました。果実がなるわけでもない大きな木でしたが、娘の恰好の遊び相手になってくれました。
娘は木によじ登ったり、夫が木の枝にぶら下げたブランコで(あまりに粗雑な作りだったので紐が取れて娘は投げ出されて戻ってきた木の板で頭をゴチン!と打ったこともありましたが)びゅんびゅんこいで遊んでいました。その木は大きな木陰をつくってくれて籐の椅子を持ち出してくつろいだりしたものです。
この絵本をめくると、ヒマラヤの国、ネパールでのことが懐かしく思い出されます。

それから、アフリカのバンギやキンシャサでよく見かけた光景も思い出します。
どちらも世界三大熱帯雨林のゾーンでしたから、町には大きな木があちこちに立っていました。大きな木の下は、庶民の休憩の場所でした。
わたしが「木の下理髪店」と呼んでいた、割れた鏡と椅子しかない床屋、道端カフェや物を並べて売っている人もいて、人々はのんびりおしゃべりしてくつろいでいました。
しみじみ、木はいいなあ~と思います。
日本で出版されてもうじき45年。アメリカではさらにその20年前に出版されたそうです。
そして、なんとこの本の最後でも木を植える場面が出てくるのですよ!
またまたフライイングで、木に関する紹介したい絵本があります。
イタリアのグラフィックデザイナー、ブルーノ・ムナーリさんが描いて書いた、『木をかこう』(至光社)です。

木を描いてみようよ、と誘いかけるように書かれた絵本は、なんと須賀敦子さんの訳です。
美術家、ムナーリさんの、形から入っていく木に注がれる視線で、いろいろな方向から紐解かれる木の造形の説明が次々に展開されてわたしたちを飽きさせません。読後、木を見つめるまなざしが変わってくること請け合いです!
わたしは、作者のムナーリさんに誘われて実際に針金で木を作ることに夢中になってしまいました。 
ぜひ、まずは本屋で手に取って見てみてほしいです。

2020年7月13日月曜日

ブックカバーチャレンジ 絵本編⑥~「14ひきのおつきみ」

”かってに絵本紹介💛”~6回目になりました。
今回は、
『14ひきのお月見』(童心社)
いわむらかずお作・絵
森にすむねずみの一家が日本の豊かな四季の中で暮らす日々を描くシリーズのうちの一冊です。
おじいさん、おばあさん、おとうさん、おかあさん、そして10匹の子ねずみの一家は、十五夜の満月のお月見をしようと家族総出で木の上に月見台を作り、すすきや月見団子を飾ります。
そして、いよいよ大きなまん丸お月さまが顔を出し始めます。
神々しいお月さまがページいっぱいに描かれます。日本人は、月を昔々から”神さま”として崇めていたのですね。
おじいさん、おばあさんも、お父さん、お母さんも、そして子ねずみたちまでお月さまに手を合わせて拝んでいます。
いわむらかずおさんの美しい絵本のページをめくっていると、日本のお月見の風習はいいなあとしみじみ思います。
ブルキナファソが国境を封鎖した2020年3月21日。その2日後に飛んだパリ行きの特別機で、ワガドゥグ国際女性の会で知り合った一人のフランス人女性と一緒になりました。
初回のワガドゥグ女性の会の会合で、日本の方ですかとわたしに声をかけてきた女性でした。 彼女が小さい時、父親が日本へ仕事で行くたびに日本の絵本をお土産に買ってきてくれたそうです。その影響で日本文化に興味を持って高校で日本に短期留学し、大学で日本語を学んだそうです。ワガドゥグの彼女の家にはたくさんの日本の絵本があり、14匹シリーズもフランス語版で数冊見つけましたが、彼女はお月見の絵本のことは知りませんでした。次の日本への休暇の時にこの絵本をお土産に持って帰ることを約束したのでした。
同じ便でそれぞれの国に戻ったわたしたちは、すぐにまたワガドゥグで会えるわね、と話したのに。
いつか、約束した「14ひきのお月見」の絵本を手渡せる日が来ますように。

ブックカバーチャレンジ 絵本編⑤~「わたしのおうち」と「おおきなきがほしい」


”かってに絵本紹介”5回目は、こちらからです。 『わたしのおうち』(あかね書房) 神沢利子・作 山脇百合子・絵
大きな段ボールを箱をもらった女の子は、工作道具とカーテンにする布地を持ち出して、すてきなわたしだけのおうちを作ります。
お姉ちゃんが始めたことに興味たっぷりにまとわりついてくる弟の存在が、女の子にはちょっと迷惑です。
女の子のふくらんでいく空想は小さかったころのわたしとまるで同じ。
ああ、わたしだってこんなに大きな段ボール箱を欲しかったなぁ。そして、わたしだけの”おうち”を作るんだ!、って。(わたしはもっぱら、応接台を立てかけて風呂敷で窓だか玄関だかを作って、わたしだけの空間を作って遊んでました。)
今回のコロナ対策で自宅待機期間中に家で小さな子どもたちを落ち着かせるために役立ったのが部屋に組み立てたテントだったとニュースで見たとき、大きく納得したのでした。
山脇百合子さんの細かいところにまで描く絵に、子どもたちも(きっと大人も)目を輝かせるはずです。
庭に生える野花。そのカラスノエンドウの豆を使ってままごとをする。わたしと同じことをしている女の子がいます。
大人になった今でも、わたしは大きな段ボールがほしいです。

もう一つのわたしの夢は大きな木にわたしだけの居場所を作ることでした。
ちょっとフライイングですが、わたしと同じそんな夢を持つ男の子が主人公の絵本も紹介したいです。
『おおきなきがほしい』(偕成社)
さとうさとる・文 むらかみつとむ・絵
大きな大きな木があったらな。ぼくはこんな家を木の中に、木の上に作るんだ。
高い木をページいっぱいに描くために作者二人は、ページを縦にしてめくっていく仕掛けにしています。
大人になっても夢を空想するのは楽しいもの。
今回帰国して改めてページをめくっていくと。
最後に男の子が夢に向かって木を植えてじょうろで水をやる場面が出てきて、まるでバオバブとわたしを連想して笑ってしまいます。
昔、子どもだった人たちが今もあこがれる小さなセカンドハウスやツリーハウス。
わたしもやっぱりいまだに夢見ます。

2020年7月11日土曜日

ブックカバーチャレンジ 絵本編④~「赤い目のドラゴン」

4冊目は、わたしの愛するアストリッド・リンドグレーンさん作のこの絵本。
「赤い目のドラゴン」(岩波書店)
絵・イロン・ヴィークランド  訳・ヤンソン由美子
農村に住む幼い姉と弟が、ある時、我が家の豚小屋で生まれた子豚の赤ちゃんたちの中に一頭の赤い目をしたドラゴンの赤ちゃんを見つけます。スウェーデンの農家にドラゴンの赤ちゃんが生まれるという突飛な出会いから物語は始まります。
やんちゃな子どもドラゴンはとんでもないいたずらで小さな姉と弟を困らせるのですが、一生懸命に育てる二人とドラゴンは日に日に心通わせていきます。
幼い二人は、今日と同じ明日がずっとずーっと続くと信じて疑わなかったでしょう。長閑な農村の変わらない日々の暮らしの中で、ある日突然、別れが来るのです。
美しい夕焼けが広がる時間でした。
この別れの場面になると、わたしは決まって喉に込み上げるものを今も感じます。
生きていく中で悲しい別れがあった夜は、いつもこんなだったなあ、としみじみ思い返します。
リンドグレーンさんの子どもの描写は本当にすばらしいなぁと思います。
”小さい頃遊んで遊んで遊び死にしないのが不思議なくらい遊びまくった”幸せな子ども時代を自然豊かな農村で過ごしたと自著で語るリンドグレーンさん。かのじょだからこそ描けた子ども時代のこぼれ落ちる別れの悲しみ、切なさなのでしょう。
わたしたち一家が3年を過ごした中央アフリカのバンギに別れを告げて帰国する途中で、どうしても訪ねたい国がスウェーデンでした。
リンドグレーンさんの描く物語に出てくる農村や住宅街に行きたいのだけど~と、このドラゴンの絵本を手に持ってわたしたちはホテルのフロントのお姉さんに尋ねました。カウンターにいたお姉さんたちは仕事そっちのけで、目の前の一家にお勧めするリンドグレーンの世界が広がる場所をどこにすればいいのかと頭突き合せて話し合ってくれました。
わたしたちのリンドグレーンさんの本を持って訪ねてきてくれて、そりゃああなたたちに満足してもらえる場所を選ばないとねえ、と言って、結局、日程やもろもろの条件を入れてかのじょたちが勧めてくれた町は、ストックホルムから電車で1時間ほどのところの古い大学のある落ち着いた町、ウップサーラでした。そこには、スウェーデンの古い農家を保存するミュージアムもあるから、とも。
リンドグレーンさんは、わたしたちの国の大切な教育のご意見番なのよ、と胸を張って言っていたのをはっきり思い出します。
見事に赤く染まったきれいな夕焼け空の中をドラゴンが飛び立ち、その姿が点になって消えていきます。ドラゴンが幸せそうに歌う声がかすかに聴こえてくるような絵の美しさ。夕暮れの突然の別れの悲しみをベッドの中で必死にこらえるきょうだいたちの場面で幕を下ろすこの物語の切なさは何とも言えず心に沁みわたります。

ブックカバーチャレンジ 絵本編③~「パリのおばあさんの物語」


ブックカバーチャレンジ絵本編の3冊目は、

「パリのおばあさんの物語」(千倉書房)
 スージー・モルゲンステルヌ 作
 セルジュ・ブロック 絵
 岸恵子訳

手のひらよりちょこっと大きいサイズの、パリのどんよりグレーに沈むたそがれ時のアパートが立ち並ぶ街並みの絵。茜色の帯がかかって平積みされているこの絵本を読んで、わたしはいっぺんでとりこになってしまいました。
わたしはこの絵本を初めて開店する”夏の絵本屋”に置きたいと思いましたが、経済専門書の千倉書房に電話して個人取引をお願いするという勇気をどうしても持てませんでした。
だから初回の絵本屋では、私物の絵本を一冊、店内のピアノの上に置いておくだけにしました。すると、ひとりのお年寄りの女性が、この絵本が欲しいから売り物でなければ取り寄せてと懇願されました。
わたしは断れなくてネット注文して、5冊注文すれば送料無料ということで、絵本屋に4冊(1冊はその女性に・・)置きました。すぐに売れてしまい、また欲しいという要望が続き、結局その夏は、ネットで4回注文したのでした。もちろん、もうけなしどころか経費を考えると赤字でしたが。
翌夏は、意を決して千倉書房に電話して、個人取引をお願いしたら、日本版を編集したという千倉真理さんが偶然にも傍にいて、『パリのおばあさんの物語』出版のいきさつをその電話でお聞きし、厚かましくも夏の絵本屋で取り扱える商談と、かのじょのトークのお願いまでしたのでした。
真理さんの、この絵本との出会いに感動し、かのじょのご実家である千倉書房で出版にこぎつけるまでの話がまるで一つの物語のようだったのです。
2度目の夏は、絵本の魅力と共に真理さんの話にも共感する女性が続々来店し、一か月間の絵本屋で百冊以上が売れました。
原本では裏表紙に使われていた絵が日本版では表紙となり、茜色の帯が掛けられ、本の表紙を2ページ見開くとパリの町が浮かび上がり、ぽつりと一つの窓に灯りがついている。
ああ、ここに、おばあさんがひとりすんでいるのだな。何十年もの間、異国に住み愛する人と家庭を作り、戦争を経て、今、パリでたくましく可愛らしく生きるおばあさん。
もう一度、若い頃に戻りたいと思いませんか。
いいえ、わたしは十分生きてきたから、これでいいのよ。
この本だけはわたしに訳させてちょうだい、と言った岸恵子さん。何のつながりもなかった岸恵子さんに翻訳を電話で直談判したという千倉真理さん。
真理さんご自身、ご主人の仕事でパリに暮らしていた時にこの絵本と出会い、日本で出版してしまったというかのじょ自身にもいろいろな物語がおありでした。
たくさんの女性がこの物語に共感して連れて帰ってくれた夏の絵本屋のことを、この『パリのおばあさんの物語』とともに思い返します。