2017年3月24日金曜日

「少年少女の文学全集があったころ」に寄せて

 昨年11月末だったと思う。
キンシャサで、小さいころ少年少女文学全集が家に並んでいたという思い出話をしたことから、わたしたち世代に興味深いエッセイ本があるよと言って貸していただいた本が、松村由利子さん著の「少年少女の文学全集があったころ」(人文書院刊)だった。


松村由利子著「少年少女文学全集があったころ」(人文書院)

わたしと同世代で、福岡で生まれ育った著者。
でも、わたしと違うのは、祖父母や両親も読書家で、いろんな本に出合う環境が整い、特に母親と繋がりながら読書を楽しめたこと、そして、岩波の本たちと出会えて読書の世界を深めていったことだ。
松村由利子さんの幼いころからの読書量は半端なくすばらしい。
大人になって、原書とも出会って日本語訳と比較しながら、言葉あそび、音あそびの面からの訳者の力量のすばらしさを感じ取り、さらに物語の世界を広げている。
また、子どもの頃に出会った文学を起点に、深く掘り下げていっているのにも舌を巻く。
そして、著者は、新聞記者となり、記者の目から少年少女の文学の世界を分析して楽しんでもいるのだ。
長じて、かのじょは現在、歌人として活躍している。
そんな言葉の世界でゆっくりじっくり楽しんで大きくなった著者のエッセイがぎっしり詰まったこの本は、ずっとわたしの手元に置いておきたい本の一冊だ。

わたしのことをふり返ってみよう。
3歳のころから、製鉄会社の社宅で育ち、高度経済成長期とも重なり、社宅は教育熱心な家庭が集まっていたように思う。
父は、よく、会社帰りにバス停のところにあった「千成堂」という本屋さんで、童謡の絵本を買ってきては歌を歌いながら、挿絵の美しさを語った。
そして、カトリックの幼稚園で毎月配本される「こどものせかい」という絵本で、物語の内容というより、挿絵の美しさを楽しむ子だったと思い返す。
父親が余暇に絵を描く”日曜画家”だったのだから、その影響は大きかった。

わたしが小学校に入るころだったろうか。
父がわたしに「こじき王子」という本を、妹に「イソップ物語」を買ってきた。
それから、毎月、挿絵の多く載った童話集が我が家に届いた。
今も、赤羽の我が家の本箱に2,3冊ある。
偕成社の「幼年絵童話集」だった。

最初に手にした「幼年絵童話集」(偕成社)

こじきの少年と身分の違う王子さまが入れ替わって生活するのにはびっくり仰天した。
黄色の挿絵の二人の少年との出会いをはっきり覚えているが、同じ本に収録されている「アルプスの少女」のほうの存在は薄いのが不思議だ。
やはり、挿絵を優先して楽しむ子だった。

そして、このころから物語の内容にも入り込んでいったように思う。
わたしが、いつも傍に置いていた本だ。


幼年絵童話全集「小公女」と「フランダースの犬」

カラーの挿絵がなんともきれいで、何度も何度も読み返して、喜び、心痛めた。
この挿絵の楽しい童話全集は調べると全20巻だった。
1962年から1964年の間に発刊されている。
監修者に、川端康成、浜田廣介、宮原誠一、村岡花子の名前を発見。
文担当者として、川崎大治、久保喬、与田準一、土家由岐雄・・・。
画家には、岩崎ちひろ、若菜珪、太田大八・・・。
大きくなっても、この童話全集をめくって楽しみ続けた。

そして、小学校高学年になる頃だったか、とにかく、この「幼年絵童話集」の毎月配本が終わって間もない頃から我が家に届き始めたのが、小学館の「少年少女世界の名作文学」だった。
全50巻。
1964年から1968年の発刊だ。

小学館「少年少女世界の名作文学」全50巻


カトリックの幼稚園だったこともあり、ステンドグラスのような天使の絵には親近感を覚えたし、箱から出して、表紙の紙を取ると、世界の名画も載っていてこれも毎月の楽しみだった。

小学館「少年少女世界の名作文学」表紙を飾る世界の名画

アメリカ編、フランス編、・・・と国別に編纂されていた。
でも。
この本の分厚さと、挿絵が極端に少ないことに馴染めず、毎月、本箱に並んでいくこの文学全集を横目に見ながら学校の勉強や塾通いの方に忙しくなっていった。

あの頃の社宅バス停前の本屋には、岩波出版の本は置いていなかった。
唯一、わたしの幼い頃の岩波の本は、岩波少年文庫のケース入りの「星の王子さま」だ。
従弟から贈り物としてもらった本。もう、半世紀も前のことだ。
今も手元にあるが、わたしなりに王子さまの世界を楽しみ、子どもながらにも下手だなあと思えるサンテグジュペリさんの挿し絵にも親近感を覚えた。
何度も何度もページをめくって王子さまに出会っていたのに、子どもの頃のわたしは最後に王子さまがどうなったのか、不思議なことに全く記憶に残っていなかった。

わたしが母親となって出会った岩波の本の奥行きの深いこと。幼年シリーズも、少年文庫も、子どもと一緒に楽しんだ。
わたしの夢は、老後の日本での生活で、岩波少年文庫全編を読破することだ。
「少年文庫」とはいえ、小学生、中学生で人生の機微を深く味わうには難解だと思われる内容の物語を発見する。
人生後半に入った今こそ深く入り込んで堪能できる物語が多く存在する岩波少年文庫再読を楽しみにしている。

松村由利子さんのこの本を読み、「少年少女世界の名作文学」をやっぱりもう一度、しっかり読み返してみたい、と思った。たくさんの面白い物語が吟味して編纂されているのだったら、小さいときにしっかりと読んでおけばよかったと反省もした。
実家の二階の本箱にそのまま残っていると信じよう。

松村由利子さんのエッセイを紹介してくれた友人に、そして何より、子どもの物語の、宇宙のように壮大で魅力的な世界を思い出させてくれたこの「少年少女の文学全集があったころ」の本に、ありがとう。