2014年8月10日日曜日

母と娘。L’éléphant vert~緑のゾウの絵本屋さん~の思い出。

とてつもなく、お久しぶりです。
娘のYukiです。

まだまだ暑い夏。
夏休み真っ只中ですが、
皆さま、いかがお過ごしですか?

私がフランスに嫁いで、もうじき3年が経とうとしています。
早いものです。
娘も、2歳になりました!

この度、
私の両親が、2年7ヶ月以上に及んだアフリカのコンゴ民主共和国での生活を終え、
無事に日本に帰国致しました。

このブログのサブタイトルにもあるように、
今まで、“アフリカに住む母”と“フランスに住む娘”でブログを綴ってきました。
っと言っても、皆さまご承知の通り…
ほとんどの更新は、母のhiroによるものでしたが…。
とほほ…。

私も、ご紹介したい本や絵本、それらに関する出来事は山ほどあるのです!!!
エベレスト山脈並みにっ。
ご期待くださ~い!!!笑 …笑。


母の日本への帰国に伴い、
サブタイトルも書き換えをしなければ(なんだか、なぜか、寂しいな)…
書き換える前に、ブログを更新したいな…
何を書こう…

っと、悩みましたが(あーだこーだ悩んでいる間に、母は日本に到着してしまいました…!)

この夏休みの時期になると、思い出さずにはいられない、
『夏の絵本屋』の思い出を、写真と共に綴りたいと思います。



この『夏の絵本屋』は、
L’éléphant vert(レ・レファン・ベール)緑のゾウの絵本屋さん
という名前で、
夏休みの期間限定で、母が2009年の夏から東京にオープンした絵本屋さんです。



アキンドとは、全く無縁の生活を送っていた母。

母は絵本が大好きで、私たち姉弟は沢山の絵本に囲まれて育ちました。
父の仕事の関係で、海外への引越しの際も、
夫婦喧嘩をしながらも(家庭内事情の告白!笑)母は沢山の絵本を担いで海を越えてくれました。

そんな母の夢のひとつが、
絵本屋さんを開くこと。



母の夢を知る、どちらかというとボォーっとしている母のことを良く知る、
母の友人の方々の、とてつもなく温かいご協力の下で、
2009年、2010年、2011年と3回に及ぶ夏に、母の夢が叶いました。


2009年、夏。
1回目の『夏の絵本屋』。
社会人だった私は、手伝えることは限られていましたが、
絵本の発注リスト作成や、母の友人方とお菓子作り、お店番など…お手伝いをしました。


店内の内装は、
建築士をめざす、弟の大が付く親友が手がけてくれました。

2009年の内装は、ダンボールで!
(↓写真の奥に写っているのが、将来有望建築士くん。手前は…手伝うどころか足手まとい?な弟…。)

 

絵本屋さんでは、母の大好きな絵本は勿論、
絵本に関する雑貨も販売しました。

雑貨は、さまざまなアーティストさん達の手がけた作品。

子ども用の家具
お人形
フェルトの帽子
ガラスのアクセサリー 
ゾウのペイントされた雑貨
 などなど…

私もちゃっかり、フランスの木のビーズと革を使用して作ったアクセサリーを、
店内の隅っこに置かせてもらいました。

とても親切で面白い気さくで紳士的なムッシュ(そして私の大先輩でもあるのです!)ご夫妻と、これまたかっこ良くて優しい息子さんが営む、銀座にあるお店、『北欧の匠』の
ご協力の下で、エーケルンドのタオルも揃えることができました。
可愛い柄で、良質なスウェーデンのエーケルンドのタオルは、私もお気に入りです!



さまざまなイベントも行いました。

絵本の読み聞かせ
アフリカの楽器、ムビラの演奏会
千倉書房の千倉さんによるトークイベント
ピアニストの先生と大好きなジャンヌ(フランス人で当時88歳!)と私の3人で、ぞうのババールの朗読会 
 などなど…






2年目の夏。
2010年の夏。
やはり内装は、将来有望建築士くんが。

テーマは、レゴ!



店内は、やはり、絵本やアーティストの方々による作品で楽しい空間でした。



(↑この写真の主は、父です。髭が子ども達に人気でした。笑)

ちなみに、このL’éléphant vertの絵は、宇宙人とかタコとか言われもしますが笑、
昔から象が大好きな私が、中学生の時からよく描いていた象の絵です。
授業中にノートに落書き…とか…していた…な。(娘には内緒の事実。)


2011年。
3度目の夏。

この夏は、将来有望建築士くんは多忙のため…
1度目と2度目とのギャップがありすぎでしたが、内装を私が手がけました。
ワインのコルクを使って。
(あぁ~楽しかった!思い出すだけでもワクワクします!)




この夏は、私がフランスで秋に入籍式を控えていたということもあり、
あまりお手伝いはできませんでしたが…
お手伝いの日に、時差ぼけで目覚めたら夕方だった…!とか…
本当に、毎年毎年、いつもいつも、母の心温かい友人方に甘えっぱなしでした。
ごめんなさい。
何よりも、ありがとうございます!

この夏のイベントは、

フィンランド在住の経験があり、翻訳をされたりと、日頃からフィンランドに通じていらっしゃる、上山美保子さんによる、フィンランドについてのトークイベント。
残念ながら、私はフランスにいて、トークイベントに参加できなかったのですが…。
marimekkoのワンピースがとってもお似合いの美保子さんでした!

お人形作家のナンシーさんによる、お人形作りのワークショップも大人気でした!

『夏の絵本屋』最後のイベントは、
母も私も大好きなお二方が、チェロと詩の朗読会をしてくださいました。
とっても素敵な朗読会で、思い出すと、涙が…




『夏の絵本屋』L’éléphant vert(レ・レファン・ベール)緑のゾウの絵本屋さん。
準備は決して楽ではなく、家中に絵本が山積みになり、母は家事放棄寸前(!?笑)のようになっていましたが、
母は、絵本屋さんを振り返っては、いつも、
「あぁ、楽しかった。」
と、目を輝かせて、呟いています。


本当に、楽しい思い出ばかりの詰まった絵本屋さんでした。

多くの方との出会いがあり、
多くの方の温かさに触れた、
色んな方の想いの詰まった『夏の絵本屋』でした。


次回の『夏の絵本屋』は…
いつでしょう。

また『夏の絵本屋』がやってくる夏を、楽しみにしています!
その時は、フランスから、できる限りのお手伝いをしたいな、と、
今から私も楽しみにしているのです。
フランスに嫁いでも、何歳になっても、いつまでたっても、私は絵本好きの母の娘ですから。


本当に、
沢山の方々に足を運んでいただき、
沢山の方々にお世話になり、
ご協力してくださり、
ぴったりな言葉が見つからないくらいに、感謝しています。


ありがとうございました。

これからも、
どうぞよろしくお願いいたします。


またお会いできる日を心待ちに。


Yuki




● このブログは2011年に立ち上げたため、2009年、2010年の『夏の絵本屋』の情報が不足していますが、2011年の『夏の絵本屋』に関する記事など、過去の記事を、↓をクリックしていただくと、ご覧になれます。↓
緑のゾウの絵本屋さんに関する過去の記事

● 全ての写真が手元になく…  書きもれている情報や出来事もあると思います。
もしも、もしも、何かお気づきの点がございましたら(失礼に当たることなどを書いていないといいのですが…)、どうぞご指摘ください!


2014年8月3日日曜日

スイミーと、キンシャサのンブンジ

娘が小学校2年生のときの光村図書出版の国語の教科書に「スイミー」の話が載っていた。

黒い小さな魚のスイミーは、とても賢く泳ぎも得意だった。
かれだけ黒くて、兄弟たちは赤い。
ある日、兄弟たちが大きな魚に食べられてしまい、スイミーひとりぼっちになってしまう。
ひとりぼっちのスイミーは、さまざまな海の生き物たちに出会いながらひとり旅を続ける。
そして、大きな魚におびえながら岩陰で暮らす、兄弟そっくりの赤い小さな魚たちを見つける。
スイミーは、いっしょに泳ごうと誘うのだが、小さな赤い魚たちは出てこない。
スイミーは、皆で集まって大きな魚の形になって泳ごうと発案する。
そして言うのだ。
「ぼくが目になろう!」
と。

黒い小さい賢いスイミーの発案で、大きな魚になった

版画タッチの絵がとても優しくきれいだった。
そして、大きな海の中を放浪するスイミーの旅で出会う海の生き物たちの描写もまた、うっとりするほどきれいだった。

にじいろのゼリーのようなくらげ
水中のブルドーザーみたいないせえび
ドロップみたいな岩から生えている、こんぶやわかめ
風に揺れる、ももいろのやしの木みたいないそぎんちゃく

小学校2年生だったむすめがこの話に夢中になるのが理解できた。
むすめは、フエルトの布の上にちくちくと針でたくさんの赤いビーズで魚の形に留めていき、黒いひとつのビーズで目を置いた。
そのフエルトを魚の形にカットして2枚重ねて中に綿を詰めてスイミーたちのブローチに仕立てて、わたしにプレゼントしてくれた日をなつかしく思い出す。
あのかわいいブローチ、どこに仕舞ったのだろう・・・。


オランダの作家、レオ・レオニ作・絵。
谷川俊太郎訳。
”スイミー”(好学社)


そんなスイミーの話をふつふつと思い出す小さな小鳥たちの集団の出会いを、わたしはキンシャサのゴルフ場でいつも楽しんだ。

茶色の体毛の小鳥たちですずめに似ているのだが、大きさはすずめより3、4割がた小ぶりだった。
キャディに訊くと、ンブンジMVUNZI、リンガラ語ではそう言い、フランス語の名前は知らないと言った。
朝、夕や、乾季の太陽の出ない昼間など、涼しいときに群れになって餌を求めて出てくるのだ、とも教えてくれた。

マダム、ンブンジがいるよ。
わたしがこの小さな鳥たちの集団が好きなのを知っているキャディはいつも教えてくれた。

「(ン)文治」
こんなネーミングをこっそり与えていたりして。


群れを成して行動する小さな鳥、ンブンジ

ンブンジたちがゴルフ場芝生で餌をついばむ

そんなかれらの集団で飛び交う姿を見るたびに思い出すのが「スイミー」の話だった。

小さなスイミーたちが、仲間で大きな魚の形になって大海を泳いで生活したように、ンブンジたちも大きな鳥の形になって大空を飛んでいるように思えたのだ。
本当に小さな小人のような小鳥のンブンジの姿にいつもエールを送った。
「あなたたちも小さな小鳥だけど、大きな鳥になって大空を飛んでスイミーのようにたくましく生きて行くんだよー!」

何度も何度も、プレイの合間にンブンジたちの集団で飛ぶ姿を撮ろうと試したが、いかんせん、夫のお下がりのデジカメではシャッターチャンスがずれて失敗の連続だった。
スイミーたちが大きな魚になって泳いだように、ンブンジたちも大きな鳥になって(!)大空を泳いでいた姿を紹介したかったな。


これが、キンシャサからの最後のブログになります。
キンシャサ時間の8月3日夜便で、キンシャサを発ち、イスタンブール経由で帰国します。
しばらくは、キンシャサ・こぼれ話として少しずつ更新していきたいと思っています。
それでは、キンシャサからさようなら!

2014年7月5日土曜日

絵本”ちいさいおうち”が登場する小説”小さいおうち”

先月下旬、キンシャサ商業地域の、ビルが林立する地域に建つ、このアパートに引っ越した。
太陽も星も月も見えず、緑も見えず、小鳥のさえずりも聴こえないキンシャサの大都会の中で暮らし始めた。
その心境を、絵本”ちいさいおうち”に寄せてブログに書き、そして、それをわたしのフェイスブックでシェアした。

そうしたら、日本の友人が、「飯田橋ギンレイホールで観た映画”小さいおうち”にバートン作の絵本”ちいさなおうち”がちょこっとだけど出てきたよ。」とコメントを寄せてきた。

それが日本の映画だと知り、あれ?その原作の文庫本、確かにキンシャサに持ってきてるぞ、と思い出した!
昨年10月の一時帰国中に本屋で見つけて、絵本のような題名に魅かれて、また、文庫本に掛かった帯に「映画化決定!」とあるのに魅かれて買ったのだった。

早速読んでみた。
オレンジ色の表紙。
フランス窓にたたずむ二人の女性の、ちょっとノスタルジックな雰囲気を持った絵。
この物語のどこに、どんなふうに、バートン作の絵本”ちいさいおうち”が出てきて、どのようにかかわるのだろう?
そんな思いから読み始めた。

そして、ちょっとした感動をもらった。


小説 ”小さいおうち” 中島京子著

物語は、この表紙に描かれるフランス窓を持つ赤い三角屋根の、昭和十年築の洋風の家が舞台。
表紙の女性二人(プラスに一人の男の子)の交流が中心に物語は進む。
そのうちの一人、女中のタキさんが晩年に記憶をノートに綴っていく形で物語は進んでいく。

それだけだったら、市原悦子主演のテレビドラマ”家政婦は見た”とか、松島菜々子主演のテレビドラマ”家政婦のミタ”となんら変わり映えのしない家政婦物語で終わっていただろうが、この物語には幾重にも仕掛けがあって、最後まで予断が許されない展開だった。

物語は、タキさんの手記を読んでいくという形で進み、戦中、戦後を経て、最終章で広がりを持ち、さらに、現代に繋がる思わぬ登場人物が時間差で出て、さらに違う視線から語られ始め、物語は立体感を帯びて、わたしたちの前に浮かび上がってくるのだ。

この小説の中で、バージニア・リー・バートン作の絵本”The Little House”が登場するのは、最終章だ。
この章では、二人の女性(プラス一人の男の子)の生活が描かれる本章にも登場する、美大出身の若い男性がまったく違った形で登場する。
その男性の書斎には、1942年にアメリカで出版された原書”The Little House”がかなり愛読された状態で残されていた、というくだりが出てくる。

最終章は現在の人物が登場して話が進む。
二人の女性も美大出身の男性も亡くなっている。

著名な漫画家になっていた男性が残した紙芝居形式の作品「小さいおうち」に、、バートンの”ちいさいおうち”の影響が色濃く認められる、とか、その紙芝居形式で描かれた16枚の絵には文章がない、そして、絵の中に丸囲みで描かれた登場人物3人きりの”物語”と丸の枠外で描かれる別の”物語”が交わらずに同時に進行するという二つの物語の入れ子構造の描写になっている、とかの説明があったり、フィクションとはいえ、リアルにイメージできて、ああ、この一つの紙芝居の中に二つの物語が同時進行で語られる「小さいおうち」を実際に観てみたい、と思わせる巧みな構成(これこそ、物語中に物語があって”入れ子構造”ではないか!、と感嘆してしまう。)に、どんどんとのめり込んでいった。

この小説には「家政婦」ではなく、「女中」と表現されている。
女中さんとは、住み込みで、若い女性が花嫁修業を兼ねて上流家庭に赴いて働く、立派な職業だったのかもなあ、とこの小説から思ったりもした。昭和初期から戦中までのシンプルモダンを思い浮かべる物語だ。


わたしの”ちいさいおうち”紹介のフェイスブックに、また一人の友人からコメントが入った。

小津安二郎監督の『東京物語』を思い出しました。
「そろそろ帰ろうか。」
「お父さん、もう帰りたいんじゃないですか。」
「いやぁ、おまえが帰りたいんじゃろ。東京も見たし、熱海も見たし。もう、帰るか。」
「そうですなぁ、帰りますか。」


この小説が原作となった映画もぜひ観てみたい。

2014年6月26日木曜日

大型絵本 ちいさいおうち~引越しに寄せて

大型絵本 ちいさいおうち 表紙 (岩波書店)

数日前、キンシャサの住宅地ゴンベGombe地区から、ごちゃごちゃとした商業地区のアパートに引っ越した。
緑広がり、小鳥のさえずりに和まされ、夕日の沈むコンゴ河を眺められた環境から一転し、商店が立ち並び、見渡せば、近代的ビルとはいえない、また植民地時代のものと思われるビルもごっちゃに林立する独特の雰囲気のキンシャサ大都会のど真ん中に移ってきたとき、ふっと思い浮かんだ絵本がこの「ちいさいおうち」だった。

作者は、アメリカのバージニア・リー・バートン。
かのじょは、1942年に長女のためにこの「ちいさいおうち」を描いたのだそうだ。そして、この絵本でコルデコット賞を受賞している。
日本では、1954年に岩波書店から石井桃子の訳で「岩波の子どもの本」シリーズの一巻として発行される。
その後、1965年に原書に近いサイズの大型絵本で発刊されたのだそうだ。

物語の舞台は150年ほど遡った時代のアメリカ。
表紙からも分かるように、緑豊かな自然たっぷりの小高い丘の上に、小さいけれど堅牢に建てられたこの家に、若い夫婦と子どもたちが幸せに住んでいた。
太陽は東から昇り西に沈み、月は満ちて欠け、季節は春から夏、秋、冬とめぐって月日は流れ、”ちいさいおうち”は静かにいろいろな変化を見続けてきた。
はるか遠くの街の灯りを見て、憧れや興味をもって眺めてもいた。

やがて、その街の灯りが徐々に近づいてきて、”ちいさいおうち”の建つ田舎にも開発の波が押し寄せてきて、大きな舗装道路が通り、車が走り、高い建物の建設が始まった。
月日はさらにめぐって、ちいさいおうちは誰からも忘れられたように大都会の真ん中でビルに囲まれてぽつんと残された。

ある日、そんな大都会のど真ん中に見捨てられたように建つその家の前を偶然通りかかった女性が、祖父の祖父の祖父が建てた家だったことを知り、”ちいさいおうち”をまた広い自然の中の丘に移築し、よみがえらせてくれたのだった。


・・・そんな物語だ。
また、作者のバージニア・リー・バートンがバレエダンサーだったせいか、物語の展開が実にリズミカルなのだ。
舞台の上のセッティングのように絵本のどのページにも「ちいさいおうち」を中心に置き、その周りに太陽の一日の動きや月の満ち欠けの周期を、また季節の風景の変化を描くことによって、移り変わる歳月の流れをよどみなくリズミカルに表現している。

移り変わっていく自然の中で、日々の暮らしが営まれ、また世代交代していく家族。
そんな家族を見続け、しっかりと建てられた”ちいさいおうち”は周囲の環境の変化の中で、星も見えず、夜になっても明るく騒音に満ちた都会の中で誰からも見向きもされなくなり、ただひとりぽつんと変化を受容するしか術のなかった”ちいさいおうち”の気持ちに、今さらながら思い至ってしまう。

でもよかった!
また、新しい家族が”ちいさいおうち”に命を吹き込んでくれたのだ。

この絵本の表紙に描かれる空の青さのブルー、幸せ満ちた目のように描かれた”ちいさなおうち”の窓、生命の息吹が上がっているような煙突のけむり、りんごの(と思われる)木に、にこにこお日さまの下でさえずり回る小鳥たち。
”ちいさなおうち”の幸せイコール住人たちの幸せ、なのだろうなあ。


アフリカ大陸の大都会キンシャサのど真ん中に移り住んで、緑豊かな自然から離れ、見えるのはアフリカ独特の高層ビル群だけという地域に身を置いたとき、ふっと思い浮かんだこの物語。
あらためて、”ちいさいおうち”が自然豊かな環境に移築され、家族に住んでもらえるようになってよかったなあと胸撫で下ろすのだった。



キンシャサ住宅街ゴンベ地区のアパートからの風景 緑の向こうはコンゴ河


キンシャサ大都会のアパートからの風景

2014年5月17日土曜日

 南アフリカ共和国からの写真集   ”SOUTH AFRICA”

5月の連休時に、夫婦で訪れた南アフリカ共和国のケープタウンとヨハネスブルグ。

帰りのケープタウン国際空港の本屋で一冊のきれいな写真集を見つけた。
写真家 Gerald Hoberman が著した”SOUTH AFRICA”だ。

南ア・ケープタウンで見つけた写真集 ”SOUTH AFRICA”


この写真集をひっくり返すと。

本の裏には、壁に描かれたンデべレ族の幾何学模様の写真が全面に

これは、南アフリカ共和国北東部のトランスバール地方に居住するンデベレ(Ndebele)族が家壁や塀に描く、鮮やかな色彩を黒ラインで引き締めた独特の幾何学模様だ。


外国の写真集といえば、大型本をイメージするが、この本は、横長で縦13.5cm、横18cmの本で、絵葉書の大サイズだと思えばいいかもしれない。
気軽に手にとってぱらぱらとめくれるサイズがまた嬉しい。


本を開いてすぐ、南アの地図が載っているのを見つける。
そして、その右ページに著者のメッセージ「はじめに」が載せられている。
メッセージ中にかれが旅して訪れた南アの多くの町の名が出てくるのだが、並んで載る南アの地図をなぞりながら読むのもまた興味深い。


南アフリカ共和国地図 ”South Africa”より

そのメッセージを読むと、ああ、この人は南アフリカ共和国をこよなく愛しているのだなあ、ということが伝わってくる。
それもそのはず、著者Gerald Hobermanさんは1943年にケープタウンで生まれている。
1960年後半、写真家になるべくロンドンに渡り、後にスタジオとラボを開設。しかし、家族経営の石炭配達業に加わるために1973年に南アに戻り、1996年に会社を売却するまで会社経営に携わる。

かれはまた、写真家としてだけでなく,出版業、作家業でも世界的な名声を得ているのだそうだ。

1981年に、かれにとって初めての著作となる”The art of Coins and their Photography”という貨幣の写真集を出版し、評判となったようだ。
1994年からは、スタジオを出て、息子のMarcと共に、野生動物の撮影のために世界中の旅を開始する。
かれは実に多くの国の写真集を出版しているが、その中でもケープタウンや南ア国内の写真集をいくつも著しているのに気づく。そこに、かれの祖国,南アを愛する心を感じるのだ。


この本を開くとすぐに目に飛び込むのが、”SOUTH AFRICA  by GERALD HOBERMAN”~ゲラルド・ホバーマンによる南アフリカ~という、この写真集についての解説文だ。

「著者Gerald Horbermanのレンズを通して見る南アは、時代の大きな流れを越えて、不思議で陰謀が渦巻き、なのに光り輝く色彩を放つ場所だ。
畏敬の念と共に,かれはムプマランガMpumalangaの”God's Window”と言われる急斜面に現れる日の出の美しさ、ケープタウンのブドウ畑の秋の色に染まる美しさ、天を突くドラケンズベルグ山脈の美しさを切り取り続けている。ンデベレ(Ndebele)族の家壁、バストー(Basotho)族の室内、フクロウハウスと呼ばれ、たくさんの鏡で神秘的な光の踊る芸術家の部屋~そんな鮮烈な色彩をかれの写真はとらえている。

かれのイメージする祖国は、また、人々が街角でとうもろこしを売り歩く、そして、南ア独特の食料雑貨店で日用品を買う、そしてまた、黒人居住地区で通行人に屋台で香ばしく焼かれた肉を売るといった光景が繰り広げられる場所なのかもしれない。

かれは、興奮と変化の時の流れの中で、祖国の美しさとそこに生きる人々を表現してきた。しかし、かれは変化しないものを見つめ続けてもいる。古い場所、昔からの習慣といった、時間に支配されないように見えるものたちを、だ。
かれの写真たちはかれが愛する祖国、そしてアフリカの突端に位置する祖国をいとおしんで生きてきた人々への贈り物だ。

この本は,ネルソン・マンデラ元大統領の釈放直後に撮られたロッベン(Robben)島の写真のように、60年代後半から70年代前半にかけてのBo-kaapとDistrict Sixから取られた歴史的な価値のある写真も含まれている。」


ケープタウンのブドウ畑 ”South Africa”より

サミーおじさんの雑貨屋 ”South Africa”より

バストー族(Basotho)の家 ”South Africa”より


著者の故郷ケープタウンはまた、アパルトヘイト撤廃のために闘ったネルソン・マンデラ元大統領の故郷でもある。マンデラさんは名門ケープタウン大学で学んだと聞く。
そしてまたマンデラさんが28年も捕らえられていたロッベン島はケープタウンの沖合いにある小島だ。
今回訪れて実感したのは、ケープタウンの町の美しさだ。
テーブルマウンテン、喜望峰を含む国立公園で豊かな自然を保護し、ブドウ畑が広がり、港湾の設備も整った美しい都市だった。
著者はこの写真集で、まずそんなケープタウンの町を色んな写真に切り取って、わたしたちに見せてくれる。


ケープタウン全景 ”South Africa”より


ケープタウンにそびえるテーブル・マウンテン頂上 ”South Africa”より


さらに、南アフリカ共和国の国民の民族の多様性にも驚く。
原住民の黒人も、オランダなどヨーロッパから移住してきた白人も、またその混血の、一見すると太平洋地域からの民族かと見まがう有色人も、共に南ア国民として共存している。
そこに、この国の持つ裏と表があり、オリジナル性も、そして困難さも見え隠れする。


ポート・エリザベスの街並み ”South Africa”より


豊かな動物相、植物相を持つ南アフリカ共和国  ”South Africa”より

著者は「はじめに」のところで、
「偉大な美しさを持ったこの地は、素晴らしい景色,多様性のある文化に富んでいて、動物相,植物相のバラエティ豊かさはほぼ間違いなく比類のないものだと言える。」
と祖国の持つ色んな角度からの美しさ、魅力を紹介している。

そして、
「この本で、我が祖国の美しさを紹介できて、そこに暮らす人々や不思議な魅力を見せる街の魅力を伝えられて、この南端の地を訪れてくれた方たちにすばらしいメモリーをプレゼントすることができたらと思う。」

「わたしが撮ってきた祖国の写真たちの中でもお気に入りのものを選りすぐってこの本を編んでみた。そんな写真たちをみなさんと分かちえることを楽しみにしている。

  Joy shared is joy doubled.   Gerald Hoberman」 

シェアするよろこびは、よろこびを倍にする。

ゲラルドさんの生きる姿勢を表したような言葉だ。


ぶどう収穫を喜ぶ人々 ”South Africa”より


白人として南アに生まれ育ち,祖国として南アを愛し、南アの魅力ある自然や文化や街や人々を写真に表し、さらに世界に飛び出してシャッターを切り続け、多くの著作や写真集を送り出してきたGerald Hobaermanさんは、闘病生活の末、かれの故郷ケープタウンで昨年12月21日に亡くなっている。

ケープタウンの空港の本屋で平積みされていたかれの写真集。
布張りの表紙の写真の美しさとサイズに惹かれて手に取った写真集。

旅先での写真集の出会いも、うれしい。

2014年4月27日日曜日

「唱歌・童謡 ものがたり」

昨年、10月末に一時帰国したとき。
検診に出かけた御茶ノ水で、時間つぶしに丸善書店に足を運んだ。
店内で平積みされている多くの書籍の中で、ふっと目に留まったのが、この岩波現代文庫の「唱歌・童謡 ものがたり」だった。


岩波現代文庫 「唱歌・童謡 ものがたり」

1996年6月から2年10ヶ月に渡って読売新聞日曜版に連載された「うた物語ー唱歌・童謡」。
それを多くの読者からの要望で1999年8月に岩波書店より単行本化。
増刷を重ねて、2013年10月に岩波現代文庫になって発行されたのだそうだ。
だから、わたしは、この本のできたてホヤホヤを手に取ったということになる。

そして、こうやってキンシャサまで運ばれて、いつも我が家のリビングのサイドテーブルにぽんと置かれ、日々思いつくままに頁が繰られ、あの歌、この歌と歌われ、リコーダーで演奏されているのだった。


この本には71曲の童謡・唱歌が収められているが楽譜は付いていない。
それでも、詩を口にすると自然とメロディーがついて出てくる。
それぞれの歌の作詩者、作曲者がその歌にこめた思い、そして作者自身の背景などが丁寧に取材されて一つ一つの「ものがたり」として構成されている。
更に,その歌にまつわるいろんな人々の思い出も記者は優しくすくい上げて「ものがたり」に添えている。


「靴が鳴る」の項では、海老名香葉子さんとお母さんの思い出話が添えられていた。
恥ずかしがりやで家事に追われ続けるお母さんとおつかいに出るとき、いつも必ず、行きは「靴がなる」、帰り道は「夕焼小焼」を口ずさむのだった。恥ずかしがりやのお母さんの小さな歌声にかよちゃんのちょっと元気な歌声が加わり、母娘は時々顔を合わせて手をつないでおつかいに行った。
その後、かよちゃんが兄とふたり残されて戦争孤児となったことを思うと切ない話ではある。
でもきっと、かよちゃんはこの二曲でお母さんとの思い出に繋がり、温かい想いに包まれたことだろう。

童謡・唱歌を歌って思うこと。
この「夕焼小焼」もそうだが、歌詞の一番より、二番、三番のほうが心に響くものがあるということだ。
「夕焼小焼」三番の歌詞は・・・。

”子どもが帰ったあとからは 円い大きなお月さま
小鳥が夢を見る頃は 空にはきらきら 金の星”

我が家のヨウムのポンにわたしがリコーダーを吹いて聴かせる曲の中に「みかんの花咲く丘」がある。
この曲の歌詞三番にもホロリとするのだった。

”いつか来た丘 母さんと
いっしょに眺めた あの島よ
今日もひとりで見ていると
やさしい母さん おもわれる”

この三番には作詞者の、長く母の無い子として苦労を重ねてきた自身の思い出が書かれているという。
戦災の影がまだ濃かった時代にできた歌。
戦争で大変な目にあった子どもたちを励ますような、明るい曲を作ろうと取り組んだ作曲者のメロディに乗って一番、二番と「伊東の丘に立って海に島を浮かべ,船には黒い煙をはかせる」景色を織り込み,三番で静かなトーンになって歌は終わる。


歌を物語として追っていくのなら、ちょっと別れの切ない「サッちゃん」、単純な繰り返しの「やぎさん ゆうびん」、娘が小さい頃泣きまねしながら愛唱していた「青い眼の人形」、この本には入っていないのだけど「雨ふり」などが思い浮かぶ。しっかり三番まで歌詞を追うと物語として楽しめる歌だ。

きれいな映像が思い浮かぶ歌として、わたしは「ゆりかごのうた」が好きだ。
北原白秋の詩の美しさにはうっとりしてしまう。

”ゆりかごのうたを カナリヤが歌うよ ねんねこ ねんねこ ねんねこよ

 ゆりかごのうえに 枇杷の実が揺れるよ ねんねこ ねんねこ ねんねこよ

ゆりかごのつなを 木ねずみが揺するよ ねんねこ ねんねこ ねんねこよ

ゆりかごのゆめに 黄色い月がかかるよ ねんねこ ねんねこ ねんねこよ”


唱歌・童謡には外国のメロディのものもある。
異国のメロディに乗せて、「故郷の空」(スコットランド民謡)、「旅愁」(アメリカ人・オードウェイ作曲)を口ずさむと深い情緒が湧いてくる。

春の風景なら「朧月夜」、夏は「夏は来ぬ」、秋は「里の秋」、冬なら「冬景色」。
四季折々の歌をもっている我々は幸せだなあと思う。
日本語の言い回しの美しさ、深みにも改めて感動してしまう。

また、歌の中に夕焼け空が多く織り込まれていることにも気づかされる。
夕焼け空を見ているといろんな思い出が浮かんで、つい感傷的になる。

わたしは、キンシャサ我が家のベランダで、夕日が沈まんとするコンゴ河を眺めながらポンのためにリコーダーを吹いていると、キョトンとする当人を尻目に、わたしのほうが胸詰まる想いに駆られてしまうのだった。

コンゴ河に夕日が沈む


巻頭の目次で歌は春夏秋冬に分けられて掲載されている。巻末には曲名索引と歌い出し索引も付いている。
これからも手元に置いておきたい本である。

2014年3月25日火曜日

"Diapason" ~ 地球シンフォニー

いよいよ日本に春到来!
東京で桜開花の報を電子ニュースで受け取り、熱帯雨林の広がるキンシャサから、こんな森の絵本を紹介したくなった。


この1月、フランスで字のない縦長の絵本を見つけた。


フランスの絵本 Diapason 表紙 33×14.6cm

Diapason。
音域。

フランス語だ。
なるほど。
表紙の横線五本は、五線譜なのだな。

開けると、ページがつながっていた。


蛇腹状につながった頁


モノクロにわずかに緑色が添えられたシンプルな色彩だ。
全開すると。

広大な森の風景が広がっている!
すごい!

まるで、森林の中に入り込んだような、そして、静かに、かすかにメロディーが聴こえてくるような、静寂さを感じてしまう。



一頁め。
指揮者が一歩、森の中に入り込むところから。

一本の高い木を見上げる。
その高い木の上に上った指揮者のタクトが振れる。
静かな序奏の音楽が聞こえてくるようだ。

少しずつ、森の中にさざ波が立ってきたぞ。


森じゅうの葉っぱたちがおどり始めた。
月の満ち欠けにざわめくように、森からの音楽にもさざめき立つ海の様子すら見えてくる。


今や、指揮者は地球に立っているかのようだ。


まるでお月様から宇宙に向かって指揮しているような・・・



いよいよ、クライマックスだ。

宇宙に向かって、大きくタクトが振られる。




森を突き抜けて宇宙へ


すべての生命の息吹があちらから、こちらから、響き合っている。

偉大な地球シンフォニーが聴こえてきた。

自然の奏でるハーモニーだ。



終演


そして。

終演。

静かな余韻が森じゅうに漂うときだ。

ほら、まだ、葉っぱたちが戻ってきていない、でしょう。

素晴らしい地球シンフォニーだったな。


余韻を楽しもう。




指揮者、退場


指揮者退場。

このあと・・・。

さらにまた、新たな生命のメロディが始まるような、そんな最終頁でしめくくられる。


そんな絵本をフランスで見つけた。
レティシア・ドゥヴェルネ作
パリ生まれの絵本作家、イラストレーター。
出版社; Joie De Lire 2010年


いつかの夏の絵本屋でこの絵本を広げて飾れたらな。
わたしは独りニンマリ空想するのだった。


2014年3月10日月曜日

OWL MOON  月夜のみみずく

1月に南仏の娘のところに滞在したとき、かれらの本箱で二冊の懐かしい絵本と一冊の本に再会した。
「すばらしいとき」(福音館)と「OWL MOON 月夜のみみずく」(偕成社)、そしてレイチェル・カーソン著の「センス・オブ・ワンダー」だ。

娘たちが父親,母親になると知ったとき、かれらに贈った三冊だった。



今日は、冬が完全に終わってしまう前に、「OWL MOON 月夜のみみずく」(偕成社)について書いてみたいと思う。


絵本 OWL MOON 月夜のみみずく(偕成社)


ジェイン・ヨーレン詩、ジョン・ショーエンベール絵、くどうなおこ訳による絵本。
作者二人はニューヨーク生まれ。訳者も入れて3人とも1934年、35年生まれということだ。

1987年に初版が発行され、日本では1989年に偕成社から発行されている。
また、1988年度のコルデコット賞を受賞している絵本でもある。

絵本のページをめくるとまず、作者二人のメッセージに出会う。


こどもたちをみみずく探しにつれていってくれた夫に      J.Y

いつか、みみずく探しにいく日をむかえる孫娘ニッサに  J.S


こんなメッセージにほのぼのしながらページをめくると、ジョン・ショーエンベールのデッサン力豊かに描かれた絵が目に飛び込んでくる。
わたしたちはさっそく、夜明け前の空気がぴーんと張り詰めた冬の森に入り込んでいくのだった。


冬の森を父と娘は進んでいく



「 冬の夜ふけのことでした

とうさんと わたしふたりきり 森にむかって あるいたわ
とうさんといっしょにこうやって でかける夜を わたし ずっとずっとまってたの

とうさんはよびかけた
”ほうー ほう ほ・ほ・ほほーーーう”
わしみみずくの うたごえで

”ほうー ほう ほ・ほ・ほほーーーう”
みみずくにあうために 勇気だっているのよね

そのときなの やまびこのように へんじがかえってきた
木のあいだをくぐりぬけて ”ほうーほう ほ・ほ・ほほーーーう”
まるでね とうさんとみみずくは おしゃべりしているみたいだった

わたしたち じっとみつめあった」


初めてみみずく探しに連れて行ってもらう女の子の胸の高鳴りが、夜明け前の白い森の空気の中からトクントクンと聴こえてくるかのようだ。
父が娘を見守る温かい視線、そして父への強い信頼感。
そんなものもページの端々からしっかり伝わってくる。
そして、とうとう父さんと女の子は神聖さすら漂う大きな”わしみみずく”に出会う。
自然の神々しいまでの美しさや偉大さを体全体で感じた女の子が父におんぶ(だっこ?)されて幸せ感満載で進む先に家路が続くのだった。

わたしは、表紙の絵が大好きだ。
月に照らされた父と小さな娘の深い絆がしっかりと描かれた良い絵だなあ、としみじみ思える。


ジェイン・ヨーレンの詩(なのだ!)が胸に染みてくるのは、かのじょ自身の経験に裏打ちされたものだからなのだなあ、と思う。


日本での発行にあたり、かのじょからこんなメッセージが寄せられたそうだ。

「息子や娘たちが小さい頃、夫はよく近くの森にみみずくを見に連れて行きました。

この絵本で、わたしは、そんな父と子の心あたたまるふれあいを描きたかったのです。

今では子どもも大きくなり、それぞれに興味のつばさを広げていますが、

あのふしぎな神秘的な美しさにみちた夜の森での体験は、今も生き生きと覚えています。」



わたし自身も、小さかった頃、父によく連れて行ってもらった神社の森の川原での冒険(に思えた!)や、夕飯の後の夏の野原道の散歩(九州の夏の夕暮れは19時半過ぎだった!)といった、今でもしっかり五感に染み込んでいるとても良い体験を多く持つ。

わたしの子どもたちも覚えているだろうか。
中央アフリカに住んでいた頃、夫がどうしても子どもたちを連れて行きたいと言い張って、道なき道を四輪駆動で走った日々を。
森の塩沼に群がるゾウの群れを見に熱帯雨林に入っていったこともあった。
スーダン国境に広がる名ばかりの国立公園では、川にドテーっと寝そべるカバの群れにびっくりし、ウンチをかけられても平気にポヤポヤと眠り続けるカバたちに呆れ返ったこともあった。
アフリカの夜空に広がる天の川や星座の見事さに息を呑んだりもした。


わたしの子どもたちには、今度はかれらの子どもたちと共に自然の中でいろいろなものを見て触って感じる楽しみを持ってほしいと思う。

「沈黙の春」の著者として有名なレイチェル・カーソンも、かのじょの著書「センス・オブ・ワンダー」で、自然の中で探検し発見する喜びに胸をときめかせる体験を子ども時代に(大人も共に)させてほしい、と書いている。

美しいもの,未知なもの、神秘的なものに目を見張る感性、"Sence of Wonder"を育むことの大切さ、そして自然の中での体験を子どもと共有する喜びを、絵本「OWL MOON 月夜のみみずく」は教えてくれる。

2014年3月1日土曜日

東公与個展 ”おかしな どうぶつ園” 

パリ在住の童画家の東公与(あずま・きみよ)さんから、今年は桜の季節に神楽坂で個展を開きます、とメッセージが添えられて、わたしのメイルアドレスに案内が送られてきた。


はがきには、とってもおめかしをしたピンクのぶたのイラストが描かれている。

個展名が、”おかしなどうぶつ園”。なんだか愉快になってくるネーミングだ。





はがきの案内を見ると、まさに桜満開の季節。4月6日から20日まで。神楽坂のサロン・ド・テでの個展だそうだ。午後ティーを楽しみに、どうぶつ園に行く気分かな。きっと楽しいだろうな。


以前開かれた恵比寿の日仏会館での公与さんの個展の様子を、このブログでも書いたことがある。
会場入り口に掛かった、海の底に広がる青い街の絵の連作がとても印象的だった。
今年の個展は、会場の雰囲気から明るい色合いの絵を描いてみた、と1月にかのじょのパリのお宅を訪れたときに話されていた。

さて、どんなゆかいなどうぶつたちに出会えるのだろう。

また、公与さんの個展ポスターがかのじょらしい!

東公与さん個展の案内ポスター

カラスを採用!!
童謡で歌われ親しまれていたカラスが、いつのまにか憎まれ役に変わってしまった。
公与さんが描くと、カラスだってこんなにおしゃれなのだ。

わたしは、今春の公与さんの個展には行けないが、わたしの思い入れのある街、神楽坂で開かれるなんて、とってもうれしい。

どうぞ、皆さん、公与さんの描く「おかしなどうぶつ園」を訪ねてみてください。
そして、その園長さんと話してみてください。
すてきな出会いがありますように♪