2016年11月9日水曜日

"ほうせき"の思い出

小さい頃、自宅にあったベージュとシルバーの表紙の大百科事典を眺めるのが好きだった。
全部で13巻か14巻くらい並んでいたと思う。
その10巻目くらいに載っていた、世界の宝石・原石のカラーページがわたしのいちばんのお気に入りだった。
ルビーやエメラルドやサファイヤ、そしてダイヤモンド。
昔の王様の冠もあったなあ。
そしてカラーページをめくると、宝石の世界分布図というのがあった。
インド洋のセイロン(まだスリランカと表示されていなかったような。)は宝石できらめく島のように思えたし、アフリカ大陸はダイヤモンドだらけで輝いて見えた。
いつか宝石探検に行くぞ、と虚弱体質気味のわたしは夢見ていた。

だから、わたしは、「しあわせの王子」とか「小公女」とか、宝石を連想する物語が大好きで繰り返し読んでいた。
広場に立つ「しあわせの王子」の像が、仲良しになったツバメに、ぼくの剣や帽子や靴に付いているエメラルドやルビーやサファイヤをあそこの貧しい家に届けておくれと依頼し、ツバメは宝石や金箔が取れて貧弱になってゆく王子のために冬の飛行を止めて最期まで王子のそばに寄り添い、二つの命は尽きてしまう。
優しく切ない物語の中で、きらめく宝石たちの名前に想像は膨らんだ。
一方、「小公女」の主人公セーラは、フランス人の母とイギリス人の父を持ち、インドで事業を展開する父親と暮らしていたが、イギリス社会の風習(?)で一定の年齢に達すると、セーラもロンドンの寄宿舎学校に入ることになる。優しいセーラは学校でも人気者となってゆく。

わたしの父が今度、インドでダイヤモンド鉱山の仕事を始めるのよ、ダイヤモンドを掘り当てたら、あなたにも首飾りを作ってあげるわね。

ああ、どんな首飾りをプレゼントしてもらえるんだろう~想像して、わたしはうっとりした。
大人になって思うと、ダイヤモンドで首飾りのプレゼントをしましょう、なんてちょっと鼻持ちならない女の子だなと胡散臭く感じるけど、物語の中の優しいセーラが小間使いの女の子にも話しかけるのだから、当時のわたしは正直に受け止められて、想像を膨らませたものだ。


岩波少年文庫 ”小公女”


わたしが最初に読んで楽しんだ「小公女」の本は、偕成社のもので子ども世界名作童話集とかいうものだった。多くの挿絵(カラーのものもあった)が載っていて、さらに夢を与えてくれた。

そんな時だっただろうか、わたしが暮らしていた製鉄会社の鉄筋コンクリートの社宅に一人の女の子が引っ越してきた。当時は日本中が浮足立っていて高度経済成長の真っただ中だった。
公害がひどく、工場地帯そばにあった社宅が廃屋になったのでこちらへ転校してきたのだと聞いた。わたしの通う小学校には、そんな子どもたちが結構な人数で転校してきた。
かのじょは、さちこちゃんと言った。
くりくり巻き毛の色の白い、かわいい女の子だった。
その子は、いつもクラスの女子たちに話すのだった。
わたしが引っ越す前の家にはたくさんのきらきらの”タカラモノ”があって、すべて、我が家の倉庫に入れてきたのよ。
今度、倉庫に行けたら、あなたにもそのタカラモノで首飾りを作ってあげるね。
あなたにはどんな首飾りが似合うかなあ。

クラス中の女の子たちは、さちこちゃんの話に想像をどんどん膨らませていった。
うっとり、さちこちゃんが作ってくれた首飾りを身に着けているような気分になるのだった。
そして、わたしの頭の中で、かのじょの倉庫がきらきらまぶしく輝きだすのだった。

でも。かのじょは、一向に以前の家の倉庫に行く気配がない。
いつ倉庫に行くの?、と尋ねても、そのうちね、でも近いうちに必ず行くからと繰り返した。
いつの間にか、さちこちゃんを取り囲んでいた女の子たちは離れていった。
そして、かのじょは、父親の転勤で遠くの町に引っ越していった。

そのかのじょの作り話にどのくらいの期間、幸せの想像を膨らませていたのかわからない。
一年だったのか。
もしかしたら、2,3か月のことだったのかもしれない。

今思うと、わたしの”タカラモノ”とか、”ほうせき”は、ガラス玉やプラスティックビーズだったようにも思う。だって、プラスティックの指輪をおばあちゃんに買ってもらって、ずっと宝石箱に入れて、時々、指にはめてみたりして大切にしていたもの。

それでも、わたしはこの歳になっても、かのじょのことを鮮明に思い出す。
ずっとずっと、忘れないだろうな。
ひがきさちこちゃん、あなたのことを。

うっとりするきらきらの思い出を、ありがとう。

2016年10月8日土曜日

物語 ”グリーンノウのお客さま”

今年5月末、アメリカのオハイオ州の動物園での出来事にわたしは愕然とした。
ゴリラの獣舎に男の子が転落し、人命救助のためにゴリラを射殺したのだった。
17歳の雄、ニシローランドゴリラ、Harambe。
遠いアフリカ、コンゴ周辺国から運ばれ、独りアメリカの動物園の檻の中に閉じ込められ、たまたま落下してきた人間の男の子を獣舎内で引きずり回しはじめたのだそうだ。
園側は当初、麻酔投与も考えたようだが、効き目があらわれるまでに数分はかかると考えられ、射殺された,と記事には書かれていた。


ニシローランドゴリラ 17歳の ハランべ(Harambe)



わたしは、このローランドゴリラ、ハランべと、「グリーンノウのお客さま」に登場するゴリラのハンノーが重なってきて、もう一度、この物語を手に取った。


我が家の旧版 ”グリーンノウのお客さま” 表紙

ルーシ・ボストン夫人による、「グリーンノウ物語」シリーズ(評論社)のうちの4番目のこの巻の挿絵は、ピーター・ボストン。ボストン夫人の息子さんだそうだ。
表紙の絵は、ゴリラのハンノーと父ゴリラの絵。
ほのぼのとしたゴリラ父子の様子が伝わってくる。

物語は、コンゴの密林で暮らすちびゴリラのハンノーの一家の日常から始まる。
すべての生き物の汗がしたたり落ちるような湿度の高い熱帯雨林の中で、お父さんゴリラが中心になって集団を作り、移動生活を送る。お父さんゴリラは、赤ちゃんゴリラの面倒をよくみると表現されている。
そんな平和なジャングルでの日々に突然、密猟者が入り込み、ハンノーとお姉ちゃんゴリラが捕まってしまう。子どもゴリラは親から離されると精神的ショックから、間もなく命を落とすのだと聞く。
お姉ちゃんゴリラは搬送途中で絶命。
ハンノーひとりが、遠いロンドンの動物園に運ばれて、檻の中でひとり成長していく。
人間以上の背丈で大きく育ったであろうハンノー。
飼育員の愛情ももらったであろう。
でも、集団でジャングルの中を移動して暮らすゴリラの習性で、檻の中のハンノーはどんな気持ちだったのだろう。
その動物園に、ビルマの戦争で父親と離れ離れになりロンドンの難民収容所で暮らす中国人少年のピンが見学に訪れ、二人(一頭と一人)は出会い、深い友情が育まれていく。
そして。
ある夏の休暇を幸運にもグリーンノウに暮らすオールドノウ夫人のお屋敷で過ごすことになったピン。
孤児のピンにとっては心解放され、オールドノウ夫人とどんなにか穏やかな生活を楽しんだことだろう。
そのお屋敷に隣接する森の中になんと、ロンドンの動物園の檻から逃亡してきたハンノーが逃げ込み、二人(一頭と一人)は再会する!
それから、ピンは密かにハンノーをかくまうことを決心。
優しいオールドノウ夫人に隠れてせっせとハンノーに食料を運ぶピンの、心苦しくも心弾む心境が伝わってくる。
オールドノウ夫人への裏切りに苦しみながらも、それでも、ハンノーの自由を、幸せを守ってあげたいと思ったのかな。
自身の境遇と重ねたはずだ。

この物語の悲しい結末と、うれしい結末。

猛獣とされる動物たちはどんな行動にも危険視される。
一見、暴れて危険に見える行動でも、我が子と遊ぶように接していたのかもしれない。あるいは、ストレスやパニックで起こした行動なのか。見分けは難しい。

やはりこの五月に井の頭自然公園で69歳で亡くなった象のはな子も、幸せな生涯だったのだろうか。
昭和24年にタイから来日し、昭和29年からずっと井の頭自然公園で過ごしたはな子。
象も森林の中で群れで過ごす動物だ。当初は、檻の中でストレスを感じていたのかと想像する。
井の頭自然公園に移って数年の間に、酔っ払い男性、飼育員を圧死させて、「人殺しの象」、とレッテルを貼られた時期もあったと聞く。以来、はな子は鎖をはめられて過ごすことになるが、新たな飼育員によって半年後に鎖をはずしてもらえたのだそうだ。
それからは、来園者に可愛がられ、お別れの会には全国から多くの参列者やメッセージが届いたと伝えられていた。

動物園側も、なるべく自然に近い形で動物を飼育しようとする動きが出てきている。
絶滅危惧種への対策も世界レベルで整ってきている。


新版 ”グリーンノウのお客さま” 表紙

新版のこの物語の表紙には、少年ピンがグリーンノウの森の中に作った竹の小屋と、後方にゴリラ(ハンノー?)が描かれている。

1961年に出版されたこの「グリーンノウのお客さま」は、同年度のカーネギー賞を受賞している。
この賞は、1936年に始まり、毎年もっともすぐれた子ども向けの本に与えられてきた、イギリス児童文学の世界で最高の名誉とされている賞、ということだ。

ピン老人(?)は、今頃、グリーンノウのお屋敷で(と信じて)、どのようにお孫さんたちに(!)かれの思い出を語っているのだろう。

2016年9月21日水曜日

絵本 ”木はいいなあ”

もう30年も前のこと。
ネパールの首都、カトマンズのラジンパットという地区に、とても大きな木のある白い家がありました。
そこに、日本から来た女の子が両親と住んでいました。
お父さんは、女の子のために木片とビニルロープで簡易(!)ブランコを作り、太い木の幹にロープを結んでくれました。
女の子はいつもいつも、ブランコを空高く空高く漕いで遊んでいました。
お母さんは、いつかこの子はヒマラヤの山々まで飛んでいくのではないかと思うほどでした。
そして、女の子は、大きな木の幹にするすると登る楽しみも覚えました。
幹に登って、はるか遠い空に浮かぶ白いヒマラヤをじっと見ているのでした。

女の子が日本に戻って、初めて幼稚園に行く日のこと。
女の子は、天使園という幼稚園の小さな園庭に何本かの木が植えられていることを見つけ、早速木の幹に登りました。
園長先生がやってきました。
女の子は園長先生に、こっちに来てごらん、おもしろいよ、と声を掛けました。
ちょっと歳を取った園長先生が梯子を持ってきて、どらどら~、と登って来たのだそうです。
女の子は木に登って来てくれた園長先生と天使園がこの時から大好きになりました。

女の子が住む家の裏の「しいの木公園」には、名前の通り、大きな椎の木がありました。
女の子は、その木に二つの幹が交差して座り心地の良いスペースがあることを見つけました。
そして、幼稚園から帰ると、バッグに水筒とおやつを詰めて、小さな座布団を抱えてしいの木公園に向かうのでした。
おやつの時間を椎の木の上で過ごすためでした。
周りの大人たちはあまりいい顔をしませんでしたが、女の子の幸せそうな顔を見て、お母さんは女の子の至福の時期を大切にしてあげようと思いました。
女の子がお母さんから読んでもらって大好きになった「長くつ下のピッピ」のピッピの真似をしたのかもしれません。


木に登って遊ぶ女の子 山脇百合子絵

「木はいいなあ」という、わたしの大好きな絵本があります。

最初から最後まで、「木って本当にいいなあ~」というメッセージがぎっしり詰まった絵本で、読む側も素直に「ホントになあ~、木って良いもんだなあ~。」としみじみ思ってしまうのです。


絵本 ”木は いいなあ” (偕成社)

わたしの大切な絵本です。
挿絵がなんだか日本画のタッチですが、画家は、マーク・シーモント。
フランス パリ生まれのスペイン人で、3年前に97歳で亡くなっています。
作家は、ジャニス・メイ・ユードリー。
アメリカ イリノイ州生まれで、大学卒業後に保育園に勤務とあり、この絵本の内容から納得してしまったのでした。
アメリカの、絵本の権威あるコルデコット賞も受賞しています。

今、わたしが住むアフリカ、世界三大熱帯雨林の地域、キンシャサにも都会ではありますが、あちこちに大木があり、庶民の憩いの場になっています。
大木の下には、カフェや床屋が店びらきされています。


キンシャサ 大きな木の下の床屋さん

ここにはマメ科の木が多いように思います。
火炎樹、アカシア、ウェンゲ、・・・。
わたしたちが毎朝呑むモリンガの葉の粉、そのモリンガの木もマメ科です。
もちろん、ヤシの木、シュロの木もあるし、マンゴ、パパイヤ、アボカドなどのおいしい果実をプレゼントしてくれる木もあります。
ウェンゲは、マメ科ナツフジ属でアフリカ黒檀とも言われて堅い木で高級家具や楽器に使われる木です。
今、キンシャサのゴルフ場はウェンゲの紫の花が満開で、ウェンゲの大木の下は紫の絨毯が敷かれたように美しいです。

ゴルフ場 ウェンゲの大木 2014年撮影

「木」、でいろいろなことが思い出されます。

わたしの名前は、HIROKO。
中央アフリカ共和国のバンギに住んでいた時、”Hotel Iroko”というホテルがありました。
フランス語では”H”は発音されないから、わたしは「イロコ」と言われていました。
現地に住む女性から、きれいな名前ねえ、女の子が生まれたらイロコっていう名前にするわ、と言われたことがあります。イロコという香りの良い木があるのよ、と。
そして、キンシャサに来て、"Iroko"という木の存在を再度、耳にしました。
わたしが前回、キンシャサを発つ前に、コンゴの木工職人のムッシュが、Irokoの木で作ったブレスレットをプレゼントしてくれました。

M.Auguyさんからのイロコの木のブレスレット

あらためて、木はいいなあ、と思います。

カトマンズで毎日ブランコを漕いで、木に登って楽しんでいた女の子は、今、アルプス地方に住んでいます。
あの頃の女の子そっくりの元気な女の子のお母さんです。

2016年9月14日水曜日

物語 ”ボノボとともに~密林の闇をこえて”

「ボノボとともに」(福音館書店)表紙

赤羽の子どもの本専門店”青猫書房”のオーナー岩瀬さんに「ボノボとともに」という本のことを聞いた時、とうとう、コンゴ民主共和国を舞台にしたこんな本ができたかあ、と感慨ひとしおだった。
作者と訳者のまえがきを読んで、絶対読みたい!!!、と思った。

わたしが2012年1月1日に夫がプロジェクトを持つコンゴ民主共和国キンシャサに着いた時、夫からほいっと渡された絵本があった。
キンシャサ郊外で森の仲間からはじき出されたボノボたちのサンクチュアリを運営するベルギー人女性、クロディーヌさんが執筆したボノボたちとの交流を描く絵本「Le Paradis des BONOBOS」だ。


フランス語で書かれた絵本、”Les Paradis des BONOBOS”


クロディーヌさんとサンクチュアリのボノボたち("Les Paradis des BONOBOS"より)


ボノボ、とは。
人類に最も近いと言われる類人猿で、猿の仲間のなかでは二足歩行の時間がいちばん長いとされ、コンゴの一部にしか生息しないボノボ。

そのボノボのサンクチュアリに長期間滞在し、クロディーヌさんに彼女自身の幼かった頃の話(彼女自身は両親ともベルギー人で、獣医の父の仕事で幼い頃コンゴに住んでいた。そして、彼女自身、孤児ボノボを、助からないだろうと言われる中を懸命に育て上げた経験者でもある。)を聞き、彼女たちの活動を間近にみてきたエリオット・シュレーファーさんがフィクションとして物語にしたのが、この「ボノボとともに」だ。

主人公は、ボノボのサンクチュアリを運営するコンゴ人を母に、アメリカ人を父に持ち、離婚した両親の中で、今では父と共にアメリカで暮らし、夏休みになると母のもとに戻るという生活をする、14歳の少女だ。

現在、コンゴ民主共和国としてみると国内東部では紛争が続き、首都のキンシャサはどうにか均衡は保ってはいるものの、いつ再び暴動がおこるか予測ができない不安定な部分もあるが、まがりなりにも平和が保たれてはいる。

この物語では、キンシャサに暴動が起き、コンゴ人の母のもとで夏休みを過ごしていた女の子が、街中で売られていた赤ちゃんボノボを買い取り、育てるのは難しいとされる赤ちゃんボノボを一生懸命育てていた。
一方、娘がコンゴに戻って来ても相変わらずボノボのために活動を惜しまず、サンクチュアリで十分に育ったボノボをコンゴ川をさかのぼって赤道州のボノボ棲息地に帰すために出かけた母が留守の間に、なんとキンシャサで暴動が起き、郊外のサンクチュアリにまで軍隊が押し寄せ、思わぬ展開で少女と赤ちゃんボノボがいろいろな危険に遭いながらも知恵を絞り勇気を持って突き進み、赤道州で立ち往生していた母に無事に再会するまでのサバイバルを本当に忠実に細かく描写して、手に汗握る、でも、感動の物語に仕立てあがっている。

作者がボノボのサンクチュアリでボノボの生態を細かに訊いて観察し、クロディーヌさんからの経験を聞き出して物語を構想したからこそ出せる忠実な描写が深みを与えている。
わたしが以前のキンシャサ滞在でサンクチュアリを何度となく訪ね、キンシャサ中心地からサンクチュアリのある森までの様子を知っているから真実味を持って読めるのかもしれない。

わたしは、先週、9月10日にキンシャサに降り立ち、再びここで暮らすことになった。
わたしのキンシャサ行きを喜んで送り出してくれた赤羽の青猫書房に、クロディーヌさんの「Les Paradis des BONOBOS」を置いてきた。
ぜひ、この”ボノボ”という類人猿のことを日本の皆さんにもこの2冊の本で知ってもらえたらと思う。

訳者の、ふなとよし子さんはこの本を翻訳するにあたり多くの本を読み、京都大霊長類研究の武市教授にも指南を仰いでいる。
彼女が参考にした文献の中に、なんと!田中真知さん著「たまたまザイール、またコンゴ」が入っていて、なんだかますます親近感が湧いてくる。

今年5月に出版されたばかりの本。
読んでもらうなら小学生から、自分で読むなら中学生から、とあるが、ぜひ大人の方にもお勧めだ。

2015年5月30日土曜日

”わたしと あそんで”と,”きみなんか だいきらいさ”

絵本”わたしと あそんで”と、”きみなんか だいきらいさ”。

題名からして、真反対の内容のような絵本だ。

我が家の子どもたちが大好きだった絵本の中で、代表格と言ってくらいよく読んで楽しんだ絵本の二冊である。


絵本”わたしと あそんで”(福音館書店)
 
 
 
絵本”きみなんか だいきらいさ”(冨山房)

わが家の本箱からこの2冊の絵本を眺めるたびに、「夏の絵本屋」での一つの出会いを思い出す。

絵本屋開店中のある日、ひとりの女性が入ってこられた。
そしてすぐに、お子さんのお友だちのプレゼントに絵本を選びたいのだが、お勧めはないかと訊かれたのだった。
女性は、あれやこれやと探すわたしの背中に、ぽつぽつと話し始めた。

お子さん同士のプレゼントと言っても、実際は、母親同士のプレゼントなのだと。
障害を持っているお子さんたちを持つ母親同士、ちょっとユーモアを持って。
お子さん同士のこれからの関係に願望をこめて、楽しいジョークを持って。
そんな絵本選びをしたい。
そう話された。

だったら。
まず、「わたしと あそんで」。
ひとりの女の子が森に入って小動物たちにわたしとあそんで、と寄っていくのだけど、かれらは散ってゆく。
がっかりして池のふちに座っていると、今度は、そっと皆がわたしの周りに寄ってきた。
にこにこ笑顔の女の子は言う。
うれしいな。
とびっきり、わたしはうれしいの。

それから、もう一冊の「きみなんか だいきらいさ」
ふたりの男の子は実は大の仲良し。
でも、ひょんなことでけんかしたのだろう。
片方の男の子が、もう片方の男の子のいやなことばっかり並べたてる。
もうだいっきらい!
ぜったいに遊んでなんかやらない!
大決断をする。
さんざん、さんざん、いやなことばっかり並べたてて、きみなんかぜっこうさ!と伝えに行く。
なのに。
やっぱり、仲良しなんだ。

絵本の題名は、真反対。
でも、どちらも、紆余曲折はあるけど、最後は円満仲良し。

女性は、この絵本二冊をプレゼント用に選ばれた。
ユーモアたっぷり、良い絵本の組み合わせになったと、とても満足されて帰って行かれた。
女性を見送って、わたしもほっと和むひととき。

二組の母子の穏やかな日々が続きますようにと祈った絵本屋での思い出だ。

2015年3月27日金曜日

絵本の中の、アフリカの夕焼け

さだまさし作詞作曲の「風に立つライオン」という歌がある。

その歌を下地に、さだまさし自身が執筆して小説になり、さらに映画化され、最近、全国で上映が始まった「風に立つライオン」を観に行った。
アフリカの風景がしっかりと描かれ、心に染み入る、感動的な映画だった。

映画は、アフリカの大地に沈む夕日、村全体が夕焼け色に染まる美しい風景で終わった。
人間の営み、それぞれに与えられた人生について、しみじみ、しみじみ、考えさせられて、涙があふれた。


そんな、アフリカの大地が夕焼け色に染まる場面が美しく描かれた、わたしにとって宝物のような絵本を紹介したい。



あべ弘士 絵 「だれかが ほしを みていた」 (アスク・ミュージック) より

この絵本の画家、あべ弘士氏は、長いこと北海道の旭山動物園で飼育係として働き、動物の動きを間近で観察してきた人だ。

絵本「だれかが ほしを みていた」の中で、サバンナの夕焼けの中を群れをなして移動する動物の立ち姿、シルエットを描くページは圧巻だ。
なんともさっくりしたラインで、夕陽に映える動物を黒く描き、野性的でいて、なぜかやさしい風景に仕上げている。
空には、サバンナの大地にトロトロと溶けるように沈んでいく大きくて真っ赤な夕陽が大きく描かれている。本当にきれいな夕焼け空だ。
溶けるような夕陽の輪郭の描きかたにも、アフリカらしいダイナミックさを感じてしまう。


アフリカの夕暮れから夜に変わる瞬間。
風景の色合いが、赤色から紫色に変わる一瞬があるのをご存知だろうか。


アナ・フアン 絵 「ぼくのだいすきなケニアの村」 (BL出版) より


この物語「ぼくのだいすきなケニアの村」は、長い間、アフリカに暮らし、現在は米国に住む、ケリー・クイネンによって書かれている。

ケニアのある村に暮らすカレンジン人の少年の一日が、ページからはみ出さんばかりに元気いっぱい描かれる。
この少年が、村に住む人々と交流しながら、じいちゃんと牛の見張り番をし(遊ぶのに夢中になって見張り番を忘れてしまったりもするのだが。)、一日を終えて帰り着くと、家の前で、かあさんが迎えてくれる。
外は、もう、夕暮れから夜に変わろうとしている。
赤色から紫色に変わる一瞬の、この時間。
その微妙な色合いが美しく描かれるページだ。
そして、アフリカの大地にどっかり立って、男の子を受け留めるかあさんの後ろ姿が、さらに夕焼けから夜に移行する時間の美しさを大きくしている。

幸せな男の子だな。
一日の最後に、温かな寝床が待っていることほど幸せなことがあるだろうか。

夕焼け、って生きる者たちの平和の象徴なのかもなあ、なんて思ってしまう。

一日を楽しく過ごしたあと、ぬくもりのある家族の待つ家へ、そして、温かな寝床のある家へ帰ることのできる幸せを、地球上の全ての子どもたちが味わってほしい、と思う。

2015年2月28日土曜日

わたしのおうち

わたしが小さかった頃に、うっとりと思い描いた”ままごとあそび”が、そっくりそのまま物語になった絵本がある。

神沢利子さん作、山脇百合子さん絵の、「わたしのおうち」(あかね書房刊)だ。
ぐりとぐらシリーズ、ももいろのきりん、いやいやえん、などでおなじみの山脇百合子さんの絵は、温かみがあって子どもの表情がいい。



絵本「わたしのおうち」 表紙


お母さんからもらった、特大の段ボール箱と、水玉模様のきれっぱし。
それを使って、女の子は、お人形さんのじゃない、わたしだけ(!)のお家を作る!


わたしも、小さい頃、自分だけの家を持つ、という夢があった。

だから、飽きずによく、部屋の隅っこに応接台を立て掛けて、風呂敷をぶら下げて空間を仕切って、”わたしのおうち”を作った。
小さな、小さなスペースだけど、わたしには、台所も、リビングも、そしてベッドルームも見えた。
ままごとセットと、小さな座布団を使って、居心地の良いスペースを作って、あれこれと想像して遊ぶのが大好きだった。

「しらゆきひめ」に出てくる七人の小人たちの家はどれだけ深い森に建っていて、どれだけ可愛らしくって、どれだけ小さなベッドだったのだろう、と想像したり。
「小公女」がミンチン先生にいじめられて、クタクタになって階段を上って帰る屋根裏部屋が、ある日、すてきな部屋に変わっていた、ってどんなだったのだろう、と想像したり。

それから、カラスノエンドウのお豆を使って、料理をして楽しんだり。
オオイヌノフグリや、たんぽぽやスミレの花びらでケーキを作って、お茶の時間にして楽しんだり。


この絵本の女の子は、大きな段ボール箱でわたしだけのおうちを作り上げる。

こんなに特大の段ボール箱があったら、空想も大きく膨らむなあ。
わたしも欲しかったなあ、こんな特大段ボール箱。
こんな大人になっても、真剣になって女の子を羨ましがってみたり。

女の子も、やっぱり、段ボール箱の(家としては)小さな空間の中で、すてきな空想のお家を作り上げていく。
幼い弟に邪魔をされても、最後には弟を入れてあげて、姉らしい可愛らしがいとおしい。
おやつを”わたしのおうち”で食べている姉弟の表情に、温かい春風がさ~っと爽やかに吹き抜けていくのを感じる。


ある夏の、絵本屋で。
わたしはこの絵本を子どもたちと一緒に読んで楽しんだ。
そのあと、タクトくんという幼稚園年長さんくらいの男の子がわたしのところにきて、この本ください、と言って持ってきた。
おおがらな、活発そうな男の子だった。
その子のお母さんが、本当にこの本でいいのね、と傍で言っている。
タクトくんは、ちょっと恥ずかしそうな表情を浮かべて、でもきっぱりと、うん、と頷いた。

なんとうれしい!
わたしの大好きな、わたしの小さいころの夢がそのまんま詰まった絵本を選んでくれたタクトくん。
かれも、特大段ボールを見つけて、かれだけのおうちを作って思う存分、あそびの空想の翼を広げて楽しむのかなあ。
そんなことをこちらもうれしく想像して、タクトくん親子を絵本屋のドアのところで見送った。


この絵本を広げるたび、あの夏のタクトくんのことを思い出す。

2015年1月25日日曜日

手作り絵本 「ふたりのHand」


アノニマ・スタジオ発行 「ふたりの Hand」  ノニノコ noninoko with おおくぼともこ作


2009年の夏の期間に初めて開店した「夏の絵本屋」の準備のために、わたしはその年の春にお台場で開催されたブックフェアに書店主として(!) 出かけた。

そこで、処分コーナーのような段ボールの中で出会った本が、このアノニマ・スタジオ発行の「ふたりのHand」の本だった。
縦11cm×横18cm。手のひらからちょっとはみ出すくらいの横長サイズで、表紙のゾウさんの落書きタッチの絵が目に飛び込んできた。
ぱらぱらとページをめくると、色んな材料を使って図画工作、裁縫を楽しむ母と幼いお嬢さんたちの記録が載った可愛らしい本だった。
サイズといい、かのじょたちの作品の写真たちといい、すっかり魅了されて即座に我が家に連れて帰ることにした。

そして、新参者の身分でドキドキしながらアノニマ・スタジオに仕入の希望を伝える電話をし、受け入れてもらえて、無事に初回の「夏の絵本屋」にこの可愛らしい本を迎え入れることができたときは、飛び上るほどうれしかった。
母娘の手作りを紹介する、このかわいらしい本は人気を持って迎えられ、瞬く間に売り切れた。
20冊だったように思う。

作者のノニノコ noninoko、というのは、長女のノノちゃんと、次女のニコちゃんの姉妹の名前を合体させたもの。その姉妹と母親のおおくぼともこさんが共に夢中になって作って楽しんだ5年間の成長記録が、この「ふたりのHand」なのだ。

この本と出会った時点で、わたしの子どもたちは大学生になっていて濃い子育てはすでに終了していた。
わたしは、このような子育てをしてきただろうか、という反省もあったし、ああ、もっともっといろんなことをして子どもたちと一緒に遊べたよかった、と著者母娘を妬ましく思う感情さえ湧き起った。

そして、思った。
よし、孫と一緒に創作活動を楽しもう、と!
何度も何度も、舐めるほど(?!)読み込んだ、温かい手作りの本だったのだった。

それから、時は流れ。
娘が昨秋、2歳過ぎの孫娘を連れてわが家に帰省してきた。


歌うことが大好き、踊ることが大好きな小さな女の子を見つめながら、この本に載っている”レインスティック”を作ろう、と決めたのだった。

楽しく細かく書かれたレインスティックの出会いと、作り方

ノノちゃん7歳0か月、ニコちゃん3歳4か月のときの作品 レインスティック


「ふたりの Hand」の”レインスティック”のページには、おおくぼさん母娘の手作りレインティックの写真、かのじょたちとレインスティックの思い出、そしてかのじょたちが取り組んだ作り方が載っている。
姉妹のお友だちが手作りレインスティックをノノちゃんの誕生日にプレゼントしてくれたのが初めての出会いなのだそうだ。
お友だちは、いろいろな材料を紙の筒に入れて、音色を聴き比べたのだそうだ。
そうやってプレゼントしてくれたレインスティックを手に取って雨音のようなきれいな音色を聴き、ノノちゃん、ニコちゃん母娘は自分たちもキッチンペーパーの芯を使って作ってみようと思い立つ。
そして小さな釘を硬い紙の筒に打ち込んだ。
きれいな雨の音色を作るために、かのじょたちが試行錯誤の果てに選んだ材料は、サクランボの種とポキポキ折ったパスタだった。

わたしも孫といつかの工作のために集めておいた材料たち。
以前いただいたサクランボの種をきれいに洗って乾燥させておいた。
小さな釘も近くのホームセンターで見つけておいた。
厚手の白い木綿の布地も用意。
そして、布地に描くためのクレヨンも文具屋で見つけておいた。
布地用の工作糊も準備!
パスタは、麺好きの夫のために常備しているものだ。

そして、孫との夢に見た工作日がやってきた。
娘が出かけて、孫と二人で留守番する日を選んだ。

わたしは、孫の手のサイズに合わせて、ラップの紙の芯3本をテープでしっかりくっ付ける。

孫は、用意された小さな赤いとんかちを見て、目を輝かせた!
かのじょが持っていた”あいうえお絵本”の”と”のページの絵のとんかちと同じものが、目の前に置かれているのだもの!
そして、小さい釘と小さいとんかちでラップの紙の芯の表面にコンコンと打ちつける。

やっぱり。
案の定、孫はとんかちを使って紙の芯の表面に釘を打ちつけることに夢中になっている!
少々、指先にあざをこしえらえたけど。
目をつぶってもらって。

片方を紙でフタをして。
それから、サクランボの種を入れ、パスタをポキポキと折って入れて。
音を聴きながら、サクランボとパスタの量を加減する。
きれいな雨音が作れますように。
耳を澄ませながら加減していく。


布用クレヨンで白いキャンパス地に絵を描くのは、また別の日に。
この楽しみは娘にバトンタッチする。

3本のサランラップの紙芯をつなげて、釘を打ちつけて、ポキポキパスタとサクランボの実を入れ、両端を紙でフタをして。
ラップ芯を包むための白い布地に絵を描いて。
そして、その布地をラップ芯に糊でべったり貼り付けて。
とうとう完成!

サランラップ芯で孫と作った、レインスティック


シャラシャラ~♪
シャラシャラ~♪

雨の音色に、孫は大喜び!
わたしだって負けずに、大喜び!

ラップ芯一本で、あるいは、トイレットペーパー芯一本だけで作って、両手でシャカシャカ、マラカスもどきにしても楽しいかも。

ラップ芯を3本合わせてしっかり長さをキープしたのなら、筒の直径をもうすこし大きいものにしたほうが良かったかもしれない。おおくぼさんたちもラップ芯ではなくキッチンペーパー芯を使っている。
本物のレインスティックも、しっかりした長さと、ゆったりした筒の直径を持っているしなあ、と思い浮かべてみる。次回の反省点だ。


さあ、今度、孫が来たら何してあそぼうか。
ってね。
もう心づもりはしています!
今度はね。

こすり出しコラージュ。


こすり出しコラージュのページ

紙とクレヨンを持って、あちこちのでこぼこ&ザラザラを見つけて回って、模様をこすり出して楽しむのだ。
そして、そんな模様をこすり出した紙を持って帰って、今度はその紙をチョキチョキ切って、ペタペタ貼って絵にして遊びましょう。

さあ、再会は今年の夏かな。

あーちゃんは、はさみと紙と糊を用意して待ってるよー!

2014年12月24日水曜日

JOYEUX NOEL ! ” こうさぎたちのクリスマス”

 今日は、クリスマスイブ。
クリスマスの絵本には実に多くのものがあって楽しめる。
先日、絵本屋をはしごしたが、どこもクリスマスプレゼントを求めて、たくさんのお客さんで賑わっていた。

今朝、わたしがふっと思い出したクリスマスの絵本が、この「こうさぎたちのクリスマス」だ。


絵本 ”こうさぎたちのクリスマス” わが家のクリスマスツリーと共に

1979年12月に佑学社から第1刷が発行されている。
我が家に来たのは1991年12月のこと。
エイドリアン・アダムズ作・絵
乾侑美子訳
どのページもシンプルな構図なのだが、色合いがとてもきれいですーっと物語の世界に入っていける。

娘が大好きだったこの絵本。
グレーに雪の白い水玉がバックになった表紙からしておしゃれだし。
”うさぎ”と言ったら復活祭の卵で、この絵本の中のクリスマスツリーの飾りには思った通り(!)この卵が使われているし。
主人公の子うさぎが親から離れて1人暮らしするのが何と!大木の大枝の上にこしらた小さな家なのだから。
娘がこの絵本に夢中になったのは合点がいく。

(娘は小さい頃、木の上が大好きで、木の上の家に住むのが夢だった。幼稚園の頃は、おやつと水筒を小さなカバンに詰めて、ミニ座布団を抱えて、わが家の裏にあったしいの木公園の大木によじ登って枝の上でおやつを食べることが娘の至福の時だった!)


主人公のオーソン家は、春の復活祭のための卵にきれいな絵を描く名人たちだから、クリスマス前なのにもう復活祭ための卵の絵描きを始めている。

オーソンは、村の子ウサギたちと力を合わせて、森から大きなモミの木を運んできて、かれの木の上の家の下にそのモミの木を立てる。
そして、クリスマスのために卵に特別な模様を描き、ほかにも緑色に似合う模様の卵を選んで、オーソンが木の上の家に上り下りするための滑車を使って大きなモミの木に飾りつけていくのだ。
そして、これまた娘がウットリしたことは、オーソンのお母さんが作ってくれたポップコーンを子ウサギたちが糸で繋いで長い長い飾り紐を作る場面だ。
そうやって、卵のオーナメントとポップコーンの飾り紐で大きなモミの木がクリスマスカラーにいろどられていくのだ。

子ウサギたちだけで準備され、大人たちに秘密にしていた森の中のクリスマスパーティーが始まる。
大人たちがそりで集まってきたとき、ライトがぱっと点灯し、モミの木が浮かび上がった!!


どのページも本当に美しい場面が広がるこの絵本に、わが家の子どもたちはたくさんの夢をプレゼントされたのだろうな。

今も、この絵本が手に入りますように。

 JOYEUX NOEL !

 メリー クリスマス !



2014年12月23日火曜日

「パリのおばあさんの物語」に寄せて

手のひらサイズよりちょっと大きめの絵本「パリのおばあさんの物語」が、わたしの手元に来て何年になるだろう。
そう思ってページをめくると。

初版は2008年10月とある。

池袋の書店でこの絵本に出会って店員さんの手書きの推薦文に惹かれて手に取り、即、購入してわが家に連れ帰って。
6年になるのか。
なんだか、もっともっと長い間わたしの手元で、わたしを励まし続けてくれているようにも思える。


絵本 パリのおばあさんの物語


2回目の夏の絵本屋開店に向けて準備していたとき、ドキドキしながら千倉書房に電話して、思いがけずに千倉真理さんと繋がった。
夏の絵本屋で、「パリのおばあさんの物語」の編集者である真理さんに絵本の誕生秘話を講演していただいた2010年8月の暑い日のことをはっきりと思い出す。
予算のない絵本屋なのに真理さんはフレンドリーに応じてくれ、かのじょが編集した絵本たちの入った小ぶりのスーツケースをコロコロと引いて笑顔で現れた日のことを。
かのじょの話を聴いて、かのじょの想いもたっぷり入ったこの絵本がますます輝いたあの日のことを。

あの暑い日の、明るい絵本屋の中で、かのじょが、今夏はご主人の初盆だ、と話されたとき。
そのとき、ふたりの女性が繋がった。

勤務先が同じだったふたりのご主人たちから、それぞれにマダムのことは聴いていたけれど、出会ったのはその日が初めてだったと聞く。
分野は違うけれど奇しくも同じ文筆業で活躍する素敵なマダムたち。
この絵本のおばあさんのように多くのものを抱えながら、かのじょたちはそれぞれに自身の信じる道を歩いて行くのだろう。


真理さんが編集した、岸恵子訳の日本版の絵本「パリのおばあさんの物語」(千倉書房)。
わたしたちの三度の夏の絵本屋と、一度の冬の絵本屋で、この絵本はどれだけ多くの女性たちから支持されたことだろう。
多くの女性たちの(中には中学生の女の子もいたけど。)傍らで、人生の羅針盤、エール本になっていることだろな。


今冬、わたしは、その「パリのおばあさんの物語」を二人の友人の手元に置いてほしいと思ってこの本を二冊買ってきた。
沖縄の友人に郵送したら、翌日、連絡を受けた。
”届きましたー、ちょうどわたしの誕生日に。”

それから、3日前、もうひとりの友人には直接手渡すことができた。
”わぁーうれしい、今日はわたしの誕生日なのよ。”

びっくりうれしい。
この2冊の絵本は、どちらもそれぞれの友人たちの誕生日プレゼントになったのだった。


「パリのおばあさんの物語」 表紙をめくって



「パリのおばあさんの物語」
読むたびに、手に取るたびに、いつも行間に新たな発見をする。
そして、静かに肩に手を置いてそっと励ましてくれる本だ。

それから。
わたしにとって、絵本屋で出会ったたくさんの女性たちを思う本でもある。