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2021年9月19日日曜日

絵本 そのこ ~遠く離れたガーナの子どもたちに想いを馳せて

 


 ブルキナファソの国の首都、ワガドゥグからまた本屋ブログを再開します。

わたしがワガドゥグに戻ってきて1週間が経ちました。
1年半ぶりに帰ってきたこの町は、一見、全く何の変わりもないように見えたのですが・・。ブルキナファソの伝統工芸織物を外国人向けに奇麗な色の糸を使って織る、ちょっとおしゃれなブティックに立ち寄ったとき、店は半分カーテンが閉められ、店に並ぶ商品も半減して色あせて、ちょっと元気のない店主と再会しました。1年半前にわたしが緊急出国する前に会った店主マダムはコロナ禍で外国人が減るとわたしの店は大きな打撃を受けることになると心配そうにしていたのを思い出しました。

この店は間違いなく、その損失を受けていると直感しました。
ということは、店の奥で簡素な織機を使って織る職人さんたちもいなくなったのかな。奥はとてもひっそりしていました。かれらの暮らしが心配になりました。

そんな折、ワガドゥグでこの国の男性と家庭を持って暮らす、元気な3人の子の母親でもある日本人女性から、絵本「そのこ」を教えてもらい、借りてきました。

「そのこ」
谷側俊太郎 詩、 塚本やすし 絵、晶文社 刊





日本から遠く離れたアフリカの国、ガーナに暮らす一人の男の子の話です。
ガーナ、といえばチョコレートの国だ、と連想するのが一般の日本人でしょうか。

そのチョコレートの原材料のカカオはどのようにして収穫されて、どのように出荷されて日本にたどり着くのでしょう。
収穫の時に、子どもの手が入っていることを連想したことがありますか。

同じ地球に生まれて、同じ空を見上げる子たちなのに。
学校に行ける子と行けない子。
ふかふかの布団にくるまって寝られる子と堅い地面に横たわって寝るだけの子。
ゲームがいつもそばにある子とそんなものに無縁の子。
ゲームなんかなくても、子どもらしく一日中遊びに夢中になれる子とそうではない子。

いろんな境遇の中で生きている子に想いを馳せてみてほしいなとこの絵本を読んで思います。
お友だちでもないけど、本当に出会ってもないけど、世界中に生きる子たちのことを思い描いてみてください。
家族で思い描いてみてください。

わたしが借りた本は、2011年6月10日の初版本です。
2012年11月20日2刷からは、中保佐和子(詩人・翻訳家)さんによる英訳が加筆されているということです。


世界中の子どもたちが幸せに暮らせますように。



2019年5月13日月曜日

ワガドゥグで見つけた本屋

ワガドゥグの大通りでちょっと大きめの本屋と出会った。
文具屋も兼ねていて、たくさんの本を置いている書店だ。
書店オーナーと思われる白人女性が、わたしにアフリカの子どもの本を数点勧めてくれた。




これは、前回、ブログで書いた”RAFARA”という女の子が主人公の絵本。パリの出版社からの発行だ。
もう一冊、オーナーはブルキナファソの物語の本を見せてくれた。




やっとみつけたブルキナファソの短編物語、15編が入った本だ。
難しくて、手を付けられずにいる。
題名を見ただけでも、おもしろそうな内容なのだけど。
フランス人女性がブルキナファソに伝わる口承物語を文字に起こし、脚色して編まれた本だという紹介の一文を見つけた。ブルキナファソ人の手によるものではない。
フランス人のために書かれた本なのかもなあと思った。パリの出版社だ。


そして、最近、わたしたちのアパートのある新興住宅地、ワガ2000のショッピングモール(といっても、まだ空き店舗ばかり!)の中に、カラフルでかわいい本屋を発見した。



子ども向けのカラフルな絵本が中央の低い棚に飾られて、子どもが手に取りやすいように陳列されている。そして、壁側の棚にはいろいろなジャンルの本が並んでいる。本だけを扱う書店。
ここにはアフリカの絵本、物語はないとブルキナべ(ブルキナファソ人)の店員はそっけなく言った。
でも、一冊みつけた。セネガルの物語?とかいわれる絵本だ。
わたしは、その”KIRIKU”という手のひらサイズの絵本を買ってきた。




この物語は、15年ほど前にスタジオジブリの宮崎駿さんが気に入って日本に紹介していたと記憶している。ジブリでこの絵のまま映画化しDVD化し、日本でも公開されたはずだ。わたしは”KIRIKU”のDVD(テープかも)をジブリ美術館で見つけて買った記憶がある。”アフリカに古くから伝わる物語”というPR文が付いていて、いつか観たいなと思って買ったような気がするのだ。
でも、日本では、あまり話題にはならなかった。あのときは、日本人にとって、アフリカは遠い世界だったのだろうか、あまりに違い過ぎる文化だったのだろうか。それとも、絵に対するインパクトが強すぎて、恐いイメージを与えたのだろうか。

今一度、手に取って読んでみると、アフリカらしい良い物語だと改めて感じた。
やはり、アフリカには魔術師の存在があるのだと感じる。日常的に。身近に。

また、アフリカに伝わる物語は口承物語で、一つに統一された物語ではない。幾重にも物語は口伝えに広がって、現地ではいくつものバリエーションのある物語になっているのだとも感じる。
書き文字を持っていないから、それを文字に起こして本に著す、ということはアフリカの人々の概念にはないことなのかもしれないとも思った。

それもこれも、彼らの部族に伝わる”文化”なのだ。

だから、”本屋”という概念を持つことも彼らにとっては有り得ないことなのかもなあと思ってしまう。

2012年にコンゴ民主共和国で本屋を探した時、カトリック系のパウロ出版直営の本屋があっただけだった。現地の人たちの暮らす地域にもパウロ出版の小さな本屋が頑張っていた。教科書のようなものとキリスト教の読み物だけだったように思う。
そして、2015、6年頃、キンシャサの目抜き通りに大きな本屋さん兼文具屋ができたときは感動ものだった。それでも、興味ある子どもの絵本や物語はそこでは見つけられなかった。
そしてその後、大きな通りのその本屋の対面にちょっとお洒落な文具屋が開店した。
その文具屋の入り口に小さな絵本棚が置かれていたが、それは、人間にいちばん近いとされるボノボの保護施設をキンシャサ郊外で運営するベルギー人女性がベルギー本国で出版したボノボ支援のための啓蒙の絵本数種類を置くだけの棚だった。
コンゴには子どものための絵本や物語はないのだとがっかりしたが、それは、アフリカの文化だったのだと今になって思う。

それから2、3年が経ってワガドゥグで見つけた2軒の本屋さん。もしかしたら、アフリカの国々で少しずつ本屋が増えているのかもしれない。


口承文化もすばらしい文化だと思う。
その独特の文化を文字に著して本にして、わたしたち他国の人達にも紹介してもらいたいなあと心から思う。

さらに。
かれら自国の子どもたちのために絵本、物語を出版するときに、大きな問題がある。
彼らの公用語は、旧宗主国の言語。ブルキナファソも、コンゴも、公用語はフランス語だ。
彼らには公用語のほかに国語が数語ある。(大部族の言葉が国語となっているようだ。)
そして、各少数部族にも言葉がある。
家庭内ではそれぞれの部族語で話していても、学校ではフランス語での教育だ。
かれらの国語(部族語)は独自の書き言葉がないから、アルファベットで表現する。
さて、もしその国で絵本や物語を出版する段階になったときに、どの言語を使うのか。
そもそも、出版社を持つ国は、わたしは西アフリカではベナンしか知らない。ベナンの出版社は、将来の国を担う子どもたちのために国語で書籍を出したいという希望はあるけれど、国語は一つではない。
とすると、やはり、公用語のフランス語での出版になる(ベナンも旧宗主国はフランス)。国語での出版を願っても複数の言語で出版することはコスト上で無理だ。
さらに、余裕があり、かつ、子どもの教育に関心のある家庭でないとなかなか絵本や物語を買い与えることはないだろう。幼稚園や学校の図書室に置くことでしか需要は見込めない。
いろいろな面から出版社の経営存続は難しくなる。

自国の言葉で自国の物語を書籍にすることの実現性は遠のく。

おそらくブルキナファソには、子ども向けの絵本、物語を出版する会社はないのではないか。
幼稚園や学校の図書事情、出版社事情、それから、本屋事情など書籍に関することを調べてみたい。