2016年9月21日水曜日

絵本 ”木はいいなあ”

もう30年も前のこと。
ネパールの首都、カトマンズのラジンパットという地区に、とても大きな木のある白い家がありました。
そこに、日本から来た女の子が両親と住んでいました。
お父さんは、女の子のために木片とビニルロープで簡易(!)ブランコを作り、太い木の幹にロープを結んでくれました。
女の子はいつもいつも、ブランコを空高く空高く漕いで遊んでいました。
お母さんは、いつかこの子はヒマラヤの山々まで飛んでいくのではないかと思うほどでした。
そして、女の子は、大きな木の幹にするすると登る楽しみも覚えました。
幹に登って、はるか遠い空に浮かぶ白いヒマラヤをじっと見ているのでした。

女の子が日本に戻って、初めて幼稚園に行く日のこと。
女の子は、天使園という幼稚園の小さな園庭に何本かの木が植えられていることを見つけ、早速木の幹に登りました。
園長先生がやってきました。
女の子は園長先生に、こっちに来てごらん、おもしろいよ、と声を掛けました。
ちょっと歳を取った園長先生が梯子を持ってきて、どらどら~、と登って来たのだそうです。
女の子は木に登って来てくれた園長先生と天使園がこの時から大好きになりました。

女の子が住む家の裏の「しいの木公園」には、名前の通り、大きな椎の木がありました。
女の子は、その木に二つの幹が交差して座り心地の良いスペースがあることを見つけました。
そして、幼稚園から帰ると、バッグに水筒とおやつを詰めて、小さな座布団を抱えてしいの木公園に向かうのでした。
おやつの時間を椎の木の上で過ごすためでした。
周りの大人たちはあまりいい顔をしませんでしたが、女の子の幸せそうな顔を見て、お母さんは女の子の至福の時期を大切にしてあげようと思いました。
女の子がお母さんから読んでもらって大好きになった「長くつ下のピッピ」のピッピの真似をしたのかもしれません。


木に登って遊ぶ女の子 山脇百合子絵

「木はいいなあ」という、わたしの大好きな絵本があります。

最初から最後まで、「木って本当にいいなあ~」というメッセージがぎっしり詰まった絵本で、読む側も素直に「ホントになあ~、木って良いもんだなあ~。」としみじみ思ってしまうのです。


絵本 ”木は いいなあ” (偕成社)

わたしの大切な絵本です。
挿絵がなんだか日本画のタッチですが、画家は、マーク・シーモント。
フランス パリ生まれのスペイン人で、3年前に97歳で亡くなっています。
作家は、ジャニス・メイ・ユードリー。
アメリカ イリノイ州生まれで、大学卒業後に保育園に勤務とあり、この絵本の内容から納得してしまったのでした。
アメリカの、絵本の権威あるコルデコット賞も受賞しています。

今、わたしが住むアフリカ、世界三大熱帯雨林の地域、キンシャサにも都会ではありますが、あちこちに大木があり、庶民の憩いの場になっています。
大木の下には、カフェや床屋が店びらきされています。


キンシャサ 大きな木の下の床屋さん

ここにはマメ科の木が多いように思います。
火炎樹、アカシア、ウェンゲ、・・・。
わたしたちが毎朝呑むモリンガの葉の粉、そのモリンガの木もマメ科です。
もちろん、ヤシの木、シュロの木もあるし、マンゴ、パパイヤ、アボカドなどのおいしい果実をプレゼントしてくれる木もあります。
ウェンゲは、マメ科ナツフジ属でアフリカ黒檀とも言われて堅い木で高級家具や楽器に使われる木です。
今、キンシャサのゴルフ場はウェンゲの紫の花が満開で、ウェンゲの大木の下は紫の絨毯が敷かれたように美しいです。

ゴルフ場 ウェンゲの大木 2014年撮影

「木」、でいろいろなことが思い出されます。

わたしの名前は、HIROKO。
中央アフリカ共和国のバンギに住んでいた時、”Hotel Iroko”というホテルがありました。
フランス語では”H”は発音されないから、わたしは「イロコ」と言われていました。
現地に住む女性から、きれいな名前ねえ、女の子が生まれたらイロコっていう名前にするわ、と言われたことがあります。イロコという香りの良い木があるのよ、と。
そして、キンシャサに来て、"Iroko"という木の存在を再度、耳にしました。
わたしが前回、キンシャサを発つ前に、コンゴの木工職人のムッシュが、Irokoの木で作ったブレスレットをプレゼントしてくれました。

M.Auguyさんからのイロコの木のブレスレット

あらためて、木はいいなあ、と思います。

カトマンズで毎日ブランコを漕いで、木に登って楽しんでいた女の子は、今、アルプス地方に住んでいます。
あの頃の女の子そっくりの元気な女の子のお母さんです。

2016年9月14日水曜日

物語 ”ボノボとともに~密林の闇をこえて”

「ボノボとともに」(福音館書店)表紙

赤羽の子どもの本専門店”青猫書房”のオーナー岩瀬さんに「ボノボとともに」という本のことを聞いた時、とうとう、コンゴ民主共和国を舞台にしたこんな本ができたかあ、と感慨ひとしおだった。
作者と訳者のまえがきを読んで、絶対読みたい!!!、と思った。

わたしが2012年1月1日に夫がプロジェクトを持つコンゴ民主共和国キンシャサに着いた時、夫からほいっと渡された絵本があった。
キンシャサ郊外で森の仲間からはじき出されたボノボたちのサンクチュアリを運営するベルギー人女性、クロディーヌさんが執筆したボノボたちとの交流を描く絵本「Le Paradis des BONOBOS」だ。


フランス語で書かれた絵本、”Les Paradis des BONOBOS”


クロディーヌさんとサンクチュアリのボノボたち("Les Paradis des BONOBOS"より)


ボノボ、とは。
人類に最も近いと言われる類人猿で、猿の仲間のなかでは二足歩行の時間がいちばん長いとされ、コンゴの一部にしか生息しないボノボ。

そのボノボのサンクチュアリに長期間滞在し、クロディーヌさんに彼女自身の幼かった頃の話(彼女自身は両親ともベルギー人で、獣医の父の仕事で幼い頃コンゴに住んでいた。そして、彼女自身、孤児ボノボを、助からないだろうと言われる中を懸命に育て上げた経験者でもある。)を聞き、彼女たちの活動を間近にみてきたエリオット・シュレーファーさんがフィクションとして物語にしたのが、この「ボノボとともに」だ。

主人公は、ボノボのサンクチュアリを運営するコンゴ人を母に、アメリカ人を父に持ち、離婚した両親の中で、今では父と共にアメリカで暮らし、夏休みになると母のもとに戻るという生活をする、14歳の少女だ。

現在、コンゴ民主共和国としてみると国内東部では紛争が続き、首都のキンシャサはどうにか均衡は保ってはいるものの、いつ再び暴動がおこるか予測ができない不安定な部分もあるが、まがりなりにも平和が保たれてはいる。

この物語では、キンシャサに暴動が起き、コンゴ人の母のもとで夏休みを過ごしていた女の子が、街中で売られていた赤ちゃんボノボを買い取り、育てるのは難しいとされる赤ちゃんボノボを一生懸命育てていた。
一方、娘がコンゴに戻って来ても相変わらずボノボのために活動を惜しまず、サンクチュアリで十分に育ったボノボをコンゴ川をさかのぼって赤道州のボノボ棲息地に帰すために出かけた母が留守の間に、なんとキンシャサで暴動が起き、郊外のサンクチュアリにまで軍隊が押し寄せ、思わぬ展開で少女と赤ちゃんボノボがいろいろな危険に遭いながらも知恵を絞り勇気を持って突き進み、赤道州で立ち往生していた母に無事に再会するまでのサバイバルを本当に忠実に細かく描写して、手に汗握る、でも、感動の物語に仕立てあがっている。

作者がボノボのサンクチュアリでボノボの生態を細かに訊いて観察し、クロディーヌさんからの経験を聞き出して物語を構想したからこそ出せる忠実な描写が深みを与えている。
わたしが以前のキンシャサ滞在でサンクチュアリを何度となく訪ね、キンシャサ中心地からサンクチュアリのある森までの様子を知っているから真実味を持って読めるのかもしれない。

わたしは、先週、9月10日にキンシャサに降り立ち、再びここで暮らすことになった。
わたしのキンシャサ行きを喜んで送り出してくれた赤羽の青猫書房に、クロディーヌさんの「Les Paradis des BONOBOS」を置いてきた。
ぜひ、この”ボノボ”という類人猿のことを日本の皆さんにもこの2冊の本で知ってもらえたらと思う。

訳者の、ふなとよし子さんはこの本を翻訳するにあたり多くの本を読み、京都大霊長類研究の武市教授にも指南を仰いでいる。
彼女が参考にした文献の中に、なんと!田中真知さん著「たまたまザイール、またコンゴ」が入っていて、なんだかますます親近感が湧いてくる。

今年5月に出版されたばかりの本。
読んでもらうなら小学生から、自分で読むなら中学生から、とあるが、ぜひ大人の方にもお勧めだ。

2015年5月30日土曜日

”わたしと あそんで”と,”きみなんか だいきらいさ”

絵本”わたしと あそんで”と、”きみなんか だいきらいさ”。

題名からして、真反対の内容のような絵本だ。

我が家の子どもたちが大好きだった絵本の中で、代表格と言ってくらいよく読んで楽しんだ絵本の二冊である。


絵本”わたしと あそんで”(福音館書店)
 
 
 
絵本”きみなんか だいきらいさ”(冨山房)

わが家の本箱からこの2冊の絵本を眺めるたびに、「夏の絵本屋」での一つの出会いを思い出す。

絵本屋開店中のある日、ひとりの女性が入ってこられた。
そしてすぐに、お子さんのお友だちのプレゼントに絵本を選びたいのだが、お勧めはないかと訊かれたのだった。
女性は、あれやこれやと探すわたしの背中に、ぽつぽつと話し始めた。

お子さん同士のプレゼントと言っても、実際は、母親同士のプレゼントなのだと。
障害を持っているお子さんたちを持つ母親同士、ちょっとユーモアを持って。
お子さん同士のこれからの関係に願望をこめて、楽しいジョークを持って。
そんな絵本選びをしたい。
そう話された。

だったら。
まず、「わたしと あそんで」。
ひとりの女の子が森に入って小動物たちにわたしとあそんで、と寄っていくのだけど、かれらは散ってゆく。
がっかりして池のふちに座っていると、今度は、そっと皆がわたしの周りに寄ってきた。
にこにこ笑顔の女の子は言う。
うれしいな。
とびっきり、わたしはうれしいの。

それから、もう一冊の「きみなんか だいきらいさ」
ふたりの男の子は実は大の仲良し。
でも、ひょんなことでけんかしたのだろう。
片方の男の子が、もう片方の男の子のいやなことばっかり並べたてる。
もうだいっきらい!
ぜったいに遊んでなんかやらない!
大決断をする。
さんざん、さんざん、いやなことばっかり並べたてて、きみなんかぜっこうさ!と伝えに行く。
なのに。
やっぱり、仲良しなんだ。

絵本の題名は、真反対。
でも、どちらも、紆余曲折はあるけど、最後は円満仲良し。

女性は、この絵本二冊をプレゼント用に選ばれた。
ユーモアたっぷり、良い絵本の組み合わせになったと、とても満足されて帰って行かれた。
女性を見送って、わたしもほっと和むひととき。

二組の母子の穏やかな日々が続きますようにと祈った絵本屋での思い出だ。

2015年3月27日金曜日

絵本の中の、アフリカの夕焼け

さだまさし作詞作曲の「風に立つライオン」という歌がある。

その歌を下地に、さだまさし自身が執筆して小説になり、さらに映画化され、最近、全国で上映が始まった「風に立つライオン」を観に行った。
アフリカの風景がしっかりと描かれ、心に染み入る、感動的な映画だった。

映画は、アフリカの大地に沈む夕日、村全体が夕焼け色に染まる美しい風景で終わった。
人間の営み、それぞれに与えられた人生について、しみじみ、しみじみ、考えさせられて、涙があふれた。


そんな、アフリカの大地が夕焼け色に染まる場面が美しく描かれた、わたしにとって宝物のような絵本を紹介したい。



あべ弘士 絵 「だれかが ほしを みていた」 (アスク・ミュージック) より

この絵本の画家、あべ弘士氏は、長いこと北海道の旭山動物園で飼育係として働き、動物の動きを間近で観察してきた人だ。

絵本「だれかが ほしを みていた」の中で、サバンナの夕焼けの中を群れをなして移動する動物の立ち姿、シルエットを描くページは圧巻だ。
なんともさっくりしたラインで、夕陽に映える動物を黒く描き、野性的でいて、なぜかやさしい風景に仕上げている。
空には、サバンナの大地にトロトロと溶けるように沈んでいく大きくて真っ赤な夕陽が大きく描かれている。本当にきれいな夕焼け空だ。
溶けるような夕陽の輪郭の描きかたにも、アフリカらしいダイナミックさを感じてしまう。


アフリカの夕暮れから夜に変わる瞬間。
風景の色合いが、赤色から紫色に変わる一瞬があるのをご存知だろうか。


アナ・フアン 絵 「ぼくのだいすきなケニアの村」 (BL出版) より


この物語「ぼくのだいすきなケニアの村」は、長い間、アフリカに暮らし、現在は米国に住む、ケリー・クイネンによって書かれている。

ケニアのある村に暮らすカレンジン人の少年の一日が、ページからはみ出さんばかりに元気いっぱい描かれる。
この少年が、村に住む人々と交流しながら、じいちゃんと牛の見張り番をし(遊ぶのに夢中になって見張り番を忘れてしまったりもするのだが。)、一日を終えて帰り着くと、家の前で、かあさんが迎えてくれる。
外は、もう、夕暮れから夜に変わろうとしている。
赤色から紫色に変わる一瞬の、この時間。
その微妙な色合いが美しく描かれるページだ。
そして、アフリカの大地にどっかり立って、男の子を受け留めるかあさんの後ろ姿が、さらに夕焼けから夜に移行する時間の美しさを大きくしている。

幸せな男の子だな。
一日の最後に、温かな寝床が待っていることほど幸せなことがあるだろうか。

夕焼け、って生きる者たちの平和の象徴なのかもなあ、なんて思ってしまう。

一日を楽しく過ごしたあと、ぬくもりのある家族の待つ家へ、そして、温かな寝床のある家へ帰ることのできる幸せを、地球上の全ての子どもたちが味わってほしい、と思う。

2015年2月28日土曜日

わたしのおうち

わたしが小さかった頃に、うっとりと思い描いた”ままごとあそび”が、そっくりそのまま物語になった絵本がある。

神沢利子さん作、山脇百合子さん絵の、「わたしのおうち」(あかね書房刊)だ。
ぐりとぐらシリーズ、ももいろのきりん、いやいやえん、などでおなじみの山脇百合子さんの絵は、温かみがあって子どもの表情がいい。



絵本「わたしのおうち」 表紙


お母さんからもらった、特大の段ボール箱と、水玉模様のきれっぱし。
それを使って、女の子は、お人形さんのじゃない、わたしだけ(!)のお家を作る!


わたしも、小さい頃、自分だけの家を持つ、という夢があった。

だから、飽きずによく、部屋の隅っこに応接台を立て掛けて、風呂敷をぶら下げて空間を仕切って、”わたしのおうち”を作った。
小さな、小さなスペースだけど、わたしには、台所も、リビングも、そしてベッドルームも見えた。
ままごとセットと、小さな座布団を使って、居心地の良いスペースを作って、あれこれと想像して遊ぶのが大好きだった。

「しらゆきひめ」に出てくる七人の小人たちの家はどれだけ深い森に建っていて、どれだけ可愛らしくって、どれだけ小さなベッドだったのだろう、と想像したり。
「小公女」がミンチン先生にいじめられて、クタクタになって階段を上って帰る屋根裏部屋が、ある日、すてきな部屋に変わっていた、ってどんなだったのだろう、と想像したり。

それから、カラスノエンドウのお豆を使って、料理をして楽しんだり。
オオイヌノフグリや、たんぽぽやスミレの花びらでケーキを作って、お茶の時間にして楽しんだり。


この絵本の女の子は、大きな段ボール箱でわたしだけのおうちを作り上げる。

こんなに特大の段ボール箱があったら、空想も大きく膨らむなあ。
わたしも欲しかったなあ、こんな特大段ボール箱。
こんな大人になっても、真剣になって女の子を羨ましがってみたり。

女の子も、やっぱり、段ボール箱の(家としては)小さな空間の中で、すてきな空想のお家を作り上げていく。
幼い弟に邪魔をされても、最後には弟を入れてあげて、姉らしい可愛らしがいとおしい。
おやつを”わたしのおうち”で食べている姉弟の表情に、温かい春風がさ~っと爽やかに吹き抜けていくのを感じる。


ある夏の、絵本屋で。
わたしはこの絵本を子どもたちと一緒に読んで楽しんだ。
そのあと、タクトくんという幼稚園年長さんくらいの男の子がわたしのところにきて、この本ください、と言って持ってきた。
おおがらな、活発そうな男の子だった。
その子のお母さんが、本当にこの本でいいのね、と傍で言っている。
タクトくんは、ちょっと恥ずかしそうな表情を浮かべて、でもきっぱりと、うん、と頷いた。

なんとうれしい!
わたしの大好きな、わたしの小さいころの夢がそのまんま詰まった絵本を選んでくれたタクトくん。
かれも、特大段ボールを見つけて、かれだけのおうちを作って思う存分、あそびの空想の翼を広げて楽しむのかなあ。
そんなことをこちらもうれしく想像して、タクトくん親子を絵本屋のドアのところで見送った。


この絵本を広げるたび、あの夏のタクトくんのことを思い出す。

2015年1月25日日曜日

手作り絵本 「ふたりのHand」


アノニマ・スタジオ発行 「ふたりの Hand」  ノニノコ noninoko with おおくぼともこ作


2009年の夏の期間に初めて開店した「夏の絵本屋」の準備のために、わたしはその年の春にお台場で開催されたブックフェアに書店主として(!) 出かけた。

そこで、処分コーナーのような段ボールの中で出会った本が、このアノニマ・スタジオ発行の「ふたりのHand」の本だった。
縦11cm×横18cm。手のひらからちょっとはみ出すくらいの横長サイズで、表紙のゾウさんの落書きタッチの絵が目に飛び込んできた。
ぱらぱらとページをめくると、色んな材料を使って図画工作、裁縫を楽しむ母と幼いお嬢さんたちの記録が載った可愛らしい本だった。
サイズといい、かのじょたちの作品の写真たちといい、すっかり魅了されて即座に我が家に連れて帰ることにした。

そして、新参者の身分でドキドキしながらアノニマ・スタジオに仕入の希望を伝える電話をし、受け入れてもらえて、無事に初回の「夏の絵本屋」にこの可愛らしい本を迎え入れることができたときは、飛び上るほどうれしかった。
母娘の手作りを紹介する、このかわいらしい本は人気を持って迎えられ、瞬く間に売り切れた。
20冊だったように思う。

作者のノニノコ noninoko、というのは、長女のノノちゃんと、次女のニコちゃんの姉妹の名前を合体させたもの。その姉妹と母親のおおくぼともこさんが共に夢中になって作って楽しんだ5年間の成長記録が、この「ふたりのHand」なのだ。

この本と出会った時点で、わたしの子どもたちは大学生になっていて濃い子育てはすでに終了していた。
わたしは、このような子育てをしてきただろうか、という反省もあったし、ああ、もっともっといろんなことをして子どもたちと一緒に遊べたよかった、と著者母娘を妬ましく思う感情さえ湧き起った。

そして、思った。
よし、孫と一緒に創作活動を楽しもう、と!
何度も何度も、舐めるほど(?!)読み込んだ、温かい手作りの本だったのだった。

それから、時は流れ。
娘が昨秋、2歳過ぎの孫娘を連れてわが家に帰省してきた。


歌うことが大好き、踊ることが大好きな小さな女の子を見つめながら、この本に載っている”レインスティック”を作ろう、と決めたのだった。

楽しく細かく書かれたレインスティックの出会いと、作り方

ノノちゃん7歳0か月、ニコちゃん3歳4か月のときの作品 レインスティック


「ふたりの Hand」の”レインスティック”のページには、おおくぼさん母娘の手作りレインティックの写真、かのじょたちとレインスティックの思い出、そしてかのじょたちが取り組んだ作り方が載っている。
姉妹のお友だちが手作りレインスティックをノノちゃんの誕生日にプレゼントしてくれたのが初めての出会いなのだそうだ。
お友だちは、いろいろな材料を紙の筒に入れて、音色を聴き比べたのだそうだ。
そうやってプレゼントしてくれたレインスティックを手に取って雨音のようなきれいな音色を聴き、ノノちゃん、ニコちゃん母娘は自分たちもキッチンペーパーの芯を使って作ってみようと思い立つ。
そして小さな釘を硬い紙の筒に打ち込んだ。
きれいな雨の音色を作るために、かのじょたちが試行錯誤の果てに選んだ材料は、サクランボの種とポキポキ折ったパスタだった。

わたしも孫といつかの工作のために集めておいた材料たち。
以前いただいたサクランボの種をきれいに洗って乾燥させておいた。
小さな釘も近くのホームセンターで見つけておいた。
厚手の白い木綿の布地も用意。
そして、布地に描くためのクレヨンも文具屋で見つけておいた。
布地用の工作糊も準備!
パスタは、麺好きの夫のために常備しているものだ。

そして、孫との夢に見た工作日がやってきた。
娘が出かけて、孫と二人で留守番する日を選んだ。

わたしは、孫の手のサイズに合わせて、ラップの紙の芯3本をテープでしっかりくっ付ける。

孫は、用意された小さな赤いとんかちを見て、目を輝かせた!
かのじょが持っていた”あいうえお絵本”の”と”のページの絵のとんかちと同じものが、目の前に置かれているのだもの!
そして、小さい釘と小さいとんかちでラップの紙の芯の表面にコンコンと打ちつける。

やっぱり。
案の定、孫はとんかちを使って紙の芯の表面に釘を打ちつけることに夢中になっている!
少々、指先にあざをこしえらえたけど。
目をつぶってもらって。

片方を紙でフタをして。
それから、サクランボの種を入れ、パスタをポキポキと折って入れて。
音を聴きながら、サクランボとパスタの量を加減する。
きれいな雨音が作れますように。
耳を澄ませながら加減していく。


布用クレヨンで白いキャンパス地に絵を描くのは、また別の日に。
この楽しみは娘にバトンタッチする。

3本のサランラップの紙芯をつなげて、釘を打ちつけて、ポキポキパスタとサクランボの実を入れ、両端を紙でフタをして。
ラップ芯を包むための白い布地に絵を描いて。
そして、その布地をラップ芯に糊でべったり貼り付けて。
とうとう完成!

サランラップ芯で孫と作った、レインスティック


シャラシャラ~♪
シャラシャラ~♪

雨の音色に、孫は大喜び!
わたしだって負けずに、大喜び!

ラップ芯一本で、あるいは、トイレットペーパー芯一本だけで作って、両手でシャカシャカ、マラカスもどきにしても楽しいかも。

ラップ芯を3本合わせてしっかり長さをキープしたのなら、筒の直径をもうすこし大きいものにしたほうが良かったかもしれない。おおくぼさんたちもラップ芯ではなくキッチンペーパー芯を使っている。
本物のレインスティックも、しっかりした長さと、ゆったりした筒の直径を持っているしなあ、と思い浮かべてみる。次回の反省点だ。


さあ、今度、孫が来たら何してあそぼうか。
ってね。
もう心づもりはしています!
今度はね。

こすり出しコラージュ。


こすり出しコラージュのページ

紙とクレヨンを持って、あちこちのでこぼこ&ザラザラを見つけて回って、模様をこすり出して楽しむのだ。
そして、そんな模様をこすり出した紙を持って帰って、今度はその紙をチョキチョキ切って、ペタペタ貼って絵にして遊びましょう。

さあ、再会は今年の夏かな。

あーちゃんは、はさみと紙と糊を用意して待ってるよー!

2014年12月24日水曜日

JOYEUX NOEL ! ” こうさぎたちのクリスマス”

 今日は、クリスマスイブ。
クリスマスの絵本には実に多くのものがあって楽しめる。
先日、絵本屋をはしごしたが、どこもクリスマスプレゼントを求めて、たくさんのお客さんで賑わっていた。

今朝、わたしがふっと思い出したクリスマスの絵本が、この「こうさぎたちのクリスマス」だ。


絵本 ”こうさぎたちのクリスマス” わが家のクリスマスツリーと共に

1979年12月に佑学社から第1刷が発行されている。
我が家に来たのは1991年12月のこと。
エイドリアン・アダムズ作・絵
乾侑美子訳
どのページもシンプルな構図なのだが、色合いがとてもきれいですーっと物語の世界に入っていける。

娘が大好きだったこの絵本。
グレーに雪の白い水玉がバックになった表紙からしておしゃれだし。
”うさぎ”と言ったら復活祭の卵で、この絵本の中のクリスマスツリーの飾りには思った通り(!)この卵が使われているし。
主人公の子うさぎが親から離れて1人暮らしするのが何と!大木の大枝の上にこしらた小さな家なのだから。
娘がこの絵本に夢中になったのは合点がいく。

(娘は小さい頃、木の上が大好きで、木の上の家に住むのが夢だった。幼稚園の頃は、おやつと水筒を小さなカバンに詰めて、ミニ座布団を抱えて、わが家の裏にあったしいの木公園の大木によじ登って枝の上でおやつを食べることが娘の至福の時だった!)


主人公のオーソン家は、春の復活祭のための卵にきれいな絵を描く名人たちだから、クリスマス前なのにもう復活祭ための卵の絵描きを始めている。

オーソンは、村の子ウサギたちと力を合わせて、森から大きなモミの木を運んできて、かれの木の上の家の下にそのモミの木を立てる。
そして、クリスマスのために卵に特別な模様を描き、ほかにも緑色に似合う模様の卵を選んで、オーソンが木の上の家に上り下りするための滑車を使って大きなモミの木に飾りつけていくのだ。
そして、これまた娘がウットリしたことは、オーソンのお母さんが作ってくれたポップコーンを子ウサギたちが糸で繋いで長い長い飾り紐を作る場面だ。
そうやって、卵のオーナメントとポップコーンの飾り紐で大きなモミの木がクリスマスカラーにいろどられていくのだ。

子ウサギたちだけで準備され、大人たちに秘密にしていた森の中のクリスマスパーティーが始まる。
大人たちがそりで集まってきたとき、ライトがぱっと点灯し、モミの木が浮かび上がった!!


どのページも本当に美しい場面が広がるこの絵本に、わが家の子どもたちはたくさんの夢をプレゼントされたのだろうな。

今も、この絵本が手に入りますように。

 JOYEUX NOEL !

 メリー クリスマス !



2014年12月23日火曜日

「パリのおばあさんの物語」に寄せて

手のひらサイズよりちょっと大きめの絵本「パリのおばあさんの物語」が、わたしの手元に来て何年になるだろう。
そう思ってページをめくると。

初版は2008年10月とある。

池袋の書店でこの絵本に出会って店員さんの手書きの推薦文に惹かれて手に取り、即、購入してわが家に連れ帰って。
6年になるのか。
なんだか、もっともっと長い間わたしの手元で、わたしを励まし続けてくれているようにも思える。


絵本 パリのおばあさんの物語


2回目の夏の絵本屋開店に向けて準備していたとき、ドキドキしながら千倉書房に電話して、思いがけずに千倉真理さんと繋がった。
夏の絵本屋で、「パリのおばあさんの物語」の編集者である真理さんに絵本の誕生秘話を講演していただいた2010年8月の暑い日のことをはっきりと思い出す。
予算のない絵本屋なのに真理さんはフレンドリーに応じてくれ、かのじょが編集した絵本たちの入った小ぶりのスーツケースをコロコロと引いて笑顔で現れた日のことを。
かのじょの話を聴いて、かのじょの想いもたっぷり入ったこの絵本がますます輝いたあの日のことを。

あの暑い日の、明るい絵本屋の中で、かのじょが、今夏はご主人の初盆だ、と話されたとき。
そのとき、ふたりの女性が繋がった。

勤務先が同じだったふたりのご主人たちから、それぞれにマダムのことは聴いていたけれど、出会ったのはその日が初めてだったと聞く。
分野は違うけれど奇しくも同じ文筆業で活躍する素敵なマダムたち。
この絵本のおばあさんのように多くのものを抱えながら、かのじょたちはそれぞれに自身の信じる道を歩いて行くのだろう。


真理さんが編集した、岸恵子訳の日本版の絵本「パリのおばあさんの物語」(千倉書房)。
わたしたちの三度の夏の絵本屋と、一度の冬の絵本屋で、この絵本はどれだけ多くの女性たちから支持されたことだろう。
多くの女性たちの(中には中学生の女の子もいたけど。)傍らで、人生の羅針盤、エール本になっていることだろな。


今冬、わたしは、その「パリのおばあさんの物語」を二人の友人の手元に置いてほしいと思ってこの本を二冊買ってきた。
沖縄の友人に郵送したら、翌日、連絡を受けた。
”届きましたー、ちょうどわたしの誕生日に。”

それから、3日前、もうひとりの友人には直接手渡すことができた。
”わぁーうれしい、今日はわたしの誕生日なのよ。”

びっくりうれしい。
この2冊の絵本は、どちらもそれぞれの友人たちの誕生日プレゼントになったのだった。


「パリのおばあさんの物語」 表紙をめくって



「パリのおばあさんの物語」
読むたびに、手に取るたびに、いつも行間に新たな発見をする。
そして、静かに肩に手を置いてそっと励ましてくれる本だ。

それから。
わたしにとって、絵本屋で出会ったたくさんの女性たちを思う本でもある。


2014年11月28日金曜日

指ぬきと、”中国の王女さま”~ 「年とったばあやのお話かご」より

NHKテレビ小説”マッサン”より

毎朝、楽しみに観ているドラマ、マッサン。

主人公は、スコットランドから明治の日本に嫁いできたエリー。
スコットランドにウイスキーの醸造の勉強で留学していたマッサンの帰国の時、エリーも一緒に日本に来たのだ。
わたしは、フランスに嫁いだ娘と重ね合わせて観てしまい、つい感情移入し過ぎてしまうところも。中島みゆきが歌う主題歌からして、毎回うるうるしている始末だ。

その愛しのエリーがいつも肌身離さず首にぶら下げているのが、指ぬきのペンダントだ。
その理由がわかった。
ある年のスコットランドでのクリスマスのホームパーティーで、カットして配られたケーキのエリーのところに銀の指ぬきが、そしてマッサンのケーキには銀貨が入っていた。
指ぬきと銀貨が入ったケーキに当たった二人は将来結婚するという言い伝えがあった・・・。

そんな設定がドラマに隠されているらしい。
また、指ぬきについて調べてみると、紀元前の頃より船の帆の縫製で実用として用いられてきた指ぬきは、19世紀に入りイギリスで貴族女性たちの間で裁縫で使うために発達してきたのだという。
古い指ぬきを見ると装飾過美なものもあるが、指ぬきは欧米では結婚のお守りや女性の幸せをもたらすアイテムと考えられ、身に着ける女性もいるのだそうだ。

ふーむ、なるほど~。
エリーの指ぬきペンダントがますます輝いて見えてきたぞ!!!

いつだったか、裁縫の達人の日本の友人が、指ぬきをかたどったシャネルのピアスをしていたことがあった。
それがとてもかのじょらしくて、すてきねえ、指ぬきピアス!、と褒めると、指ぬきだと分かってくれたの、あなたが初めてよ!、と喜ぶのだった。
うなずける、日本の指ぬきは指輪形式のものだからな。
なんでお寺の鐘をぶら下げてるの?、というコメントもあったそうだ。

でも、日本でも少しずつこのコップ型の指ぬきが浸透してきて、コレクターも増えてきているようだ。


ある夏のわたしたちの絵本屋で、わたしはファージョン作の物語「年とったばあやのお話かご」の横にエッフェル塔の絵が描かれた陶器の指ぬきを数個並べて販売したことを思い出す。

絵本や物語と組み合わせて、関連する小物を並べて売る。
そのことで物語の世界の奥行きが深まると思ってのアイディアだったし、わたし自身も組み合わせを考えて楽しんだ。


ファージョン作 年とったばあやのお話かご


「年とったばあやのお話かご」の本と、指ぬきの組み合わせ。
来店のお客さんたちから、どうしてこの本に指ぬきなのですか?、と何度か質問を受けた。

確かに、ばあやは毎晩、ベッドの傍で子どもたちがこしらえた靴下の穴の繕いをしながら、子どもたちにお話を(しかも!うれしいことに、!奇想天外な夢たっぷりぷりん!の大ぼら話を!!)語るという設定で、この物語の原題は、”The Old Nurse's Stocking Bascket”というし、ばあやの裁縫箱の指ぬきからのグッズか~と考えてもらってもいいのだが。

実は、わたしにはもっと思い入れのある理由があった!
それは・・。

物語「年とったばあやのお話かご」の中の10話目”中国の王女さま”

岩波書店発行のファージョン作品集①の「年とったばあやのお話かご」には、ばあやが語る魅力的な作り話(子どもたちには至福のお話タイムだったろううな!)13話が入っている。
その中の10話目、”中国の王女さま”がまた不思議世界にいざなってくれるばあや独特の作り話で、しかも、ばあやが乳母を務めた中国の王女さまのコンパクトさの描写がすてきなのだ!


”わたしは、わたしのはり箱の中に王女さまの寝台をつくってあげ、わたしのハンカチをふたつに切ってシーツにしてあげました。”というくだりには、わたしが小学生の時に大切にしていた人形を思い出してうっとり!

王女さまの笑い声は、”ガラスの鈴の上に雨のしずくが落ちるような音”がした、とはなんて美しい表現だろう。

”銀のおさじでごはんをあげるとき王女さまはそれだけでおなかがいっぱいになったし、王女さまが、ばあや、のどがかわいたわ、というときは、指ぬきに牛乳を入れてあげたものでしたが、半分ものこしてしまわれるんです。”

ほら、ここ。
わたしのお気に入りの描写。

指ぬきで王女さまに牛乳を飲ませた、なんて!

ただ、この一か所で、わたしはこの物語の本の横に陶器の指ぬきを置くことを思い立ったのだった。


さて。
しばらくたって、先ほどの手芸の達人の友人の指ぬきのコレクションを知り、わたしはアフリカ滞在中、旅先で指ぬきをかのじょのために探した。途中からは、わたし自身のためにも2個ずつ。
南仏アンティーブで、アルプス地方で、トルコ・イスタンブールで、そして南アのケープタウンで。
そうやって、わたしの手元にも集まった指ぬきたち。

我が家の指ぬきたち

指ぬきに描かれる絵を見ていると、訪れた街のことを思い出す。

しかしなあ。
小さなお姫さまのコップに指ぬきを持ってくるとは、そしてその半分ものこしてしまう、と続くファージョンさんの描写には参ってしまうな。

エリーがいつも身に着けている指ぬきのペンダントから、あれこれ考える初冬の夜である。

2014年10月29日水曜日

ことばあそびうた

 今月22日にフランスから娘一家が帰ってきた。
2歳4か月の娘を連れて。

孫娘は、父親とはフランス語で、母親とは日本語で育っている。
どちらも理解できるが、父親の実家にちょくちょく滞在してフランス語をより多く浴びているからだろう、フランス語が優勢!、とみた。
ありがとう!、と言わずに、Merci!と日本の方に言ったときは、「ありがとう、でしょう。」と、母親から訂正が入っている。
母親が、「~でしょう。」と注意をすると、孫娘は”Oui”とフランス語で応える。
そうすると、今度は、「はい、でしょ。」と訂正されている。
が、フランス語では”Oui”一言で済むことが、日本語ではそうはいかない。
いろいろな応え方になるのだなあ、と思わぬ発見をする。


そんな孫娘と、ああもう少ししたら、こんなことばあそびで楽しめるなあ、と思ったのが、この本だ。

「ことばあそびうた」(福音館書店)の本だ。


絵本 ことばあそびうた 見開き表紙

谷川俊太郎さんの言葉遊びが本当に楽しく展開されている一冊だ。
そして、瀬川康男さんの民芸調の版画(?)がまた素朴で楽しめる。

我が家の「ことばあそびうた」に押された蔵書印には、1990年3月12日の日付がある。
娘が幼稚園年長さん、もうじき小学校1年生、といった時期のときに購入されたことになる。

小学校の国語の教科書でもおなじみの”詩”もあるはずだ。
ひらがなばかりが並んだ”詩”だから、意味をしっかり取って読まないとチンプンカンプン!、
というところがこどもたちに受けるのかもしれない。
音読の楽しさもこの絵本で堪能できるだろう。
早口言葉みたいにして読み合うのも楽しい。

思い出すのがこのページだ。

絵本 ことばそびうた より ”うとてとこ”

”うとてとこ”?

なんじゃ、それ?
そう思うなかれ!
”う”、”て”、”こ”。
この三文字と使って遊んているのだ。

てとてとてとて
てがよんほん(と、手の挿絵が!)
てとてとてとてと
らっぱふく

うとうとうとう
うがよんわ(と、いねむりする鵜の挿絵が!)
うとうとうとうと
いねむりだ

ことことことこ
こがよにん
ことことことこと(と、戸をたたく子が!)
とをたたく

あいうえお順に言ってみる。
あとあとあとあ・・・・・
かとかとかとか・・・・
ほとほとほとほ・・・・
わとわとわとわ・・・・

ねとねとねとね
ねがよんひき(と、おくら練るねずみの挿絵とか?)
ねとねとねとねと
おくらねる

ふとふとふとふ
ふがよんこ(と、麩が考え込む挿絵とか?)
ふとふとふとふと
ふときづく

こんなことしてあそんだなあ。
でも、もうちょっと、音読し合ってもっともっと遊べばよかった、
などとも思う。

この本の初版は1973年10月1日。
もう40年近くにもなるロングセラー絵本だ。
日本語のおもしろさ、美しさを存分に楽しんでほしい!!!