全部で13巻か14巻くらい並んでいたと思う。
その10巻目くらいに載っていた、世界の宝石・原石のカラーページがわたしのいちばんのお気に入りだった。
ルビーやエメラルドやサファイヤ、そしてダイヤモンド。
昔の王様の冠もあったなあ。
そしてカラーページをめくると、宝石の世界分布図というのがあった。
インド洋のセイロン(まだスリランカと表示されていなかったような。)は宝石できらめく島のように思えたし、アフリカ大陸はダイヤモンドだらけで輝いて見えた。
いつか宝石探検に行くぞ、と虚弱体質気味のわたしは夢見ていた。
だから、わたしは、「しあわせの王子」とか「小公女」とか、宝石を連想する物語が大好きで繰り返し読んでいた。
広場に立つ「しあわせの王子」の像が、仲良しになったツバメに、ぼくの剣や帽子や靴に付いているエメラルドやルビーやサファイヤをあそこの貧しい家に届けておくれと依頼し、ツバメは宝石や金箔が取れて貧弱になってゆく王子のために冬の飛行を止めて最期まで王子のそばに寄り添い、二つの命は尽きてしまう。
優しく切ない物語の中で、きらめく宝石たちの名前に想像は膨らんだ。
一方、「小公女」の主人公セーラは、フランス人の母とイギリス人の父を持ち、インドで事業を展開する父親と暮らしていたが、イギリス社会の風習(?)で一定の年齢に達すると、セーラもロンドンの寄宿舎学校に入ることになる。優しいセーラは学校でも人気者となってゆく。
わたしの父が今度、インドでダイヤモンド鉱山の仕事を始めるのよ、ダイヤモンドを掘り当てたら、あなたにも首飾りを作ってあげるわね。
ああ、どんな首飾りをプレゼントしてもらえるんだろう~想像して、わたしはうっとりした。
大人になって思うと、ダイヤモンドで首飾りのプレゼントをしましょう、なんてちょっと鼻持ちならない女の子だなと胡散臭く感じるけど、物語の中の優しいセーラが小間使いの女の子にも話しかけるのだから、当時のわたしは正直に受け止められて、想像を膨らませたものだ。
岩波少年文庫 ”小公女” |
わたしが最初に読んで楽しんだ「小公女」の本は、偕成社のもので子ども世界名作童話集とかいうものだった。多くの挿絵(カラーのものもあった)が載っていて、さらに夢を与えてくれた。
そんな時だっただろうか、わたしが暮らしていた製鉄会社の鉄筋コンクリートの社宅に一人の女の子が引っ越してきた。当時は日本中が浮足立っていて高度経済成長の真っただ中だった。
公害がひどく、工場地帯そばにあった社宅が廃屋になったのでこちらへ転校してきたのだと聞いた。わたしの通う小学校には、そんな子どもたちが結構な人数で転校してきた。
かのじょは、さちこちゃんと言った。
くりくり巻き毛の色の白い、かわいい女の子だった。
その子は、いつもクラスの女子たちに話すのだった。
わたしが引っ越す前の家にはたくさんのきらきらの”タカラモノ”があって、すべて、我が家の倉庫に入れてきたのよ。
今度、倉庫に行けたら、あなたにもそのタカラモノで首飾りを作ってあげるね。
あなたにはどんな首飾りが似合うかなあ。
クラス中の女の子たちは、さちこちゃんの話に想像をどんどん膨らませていった。
うっとり、さちこちゃんが作ってくれた首飾りを身に着けているような気分になるのだった。
そして、わたしの頭の中で、かのじょの倉庫がきらきらまぶしく輝きだすのだった。
でも。かのじょは、一向に以前の家の倉庫に行く気配がない。
いつ倉庫に行くの?、と尋ねても、そのうちね、でも近いうちに必ず行くからと繰り返した。
いつの間にか、さちこちゃんを取り囲んでいた女の子たちは離れていった。
そして、かのじょは、父親の転勤で遠くの町に引っ越していった。
そのかのじょの作り話にどのくらいの期間、幸せの想像を膨らませていたのかわからない。
一年だったのか。
もしかしたら、2,3か月のことだったのかもしれない。
今思うと、わたしの”タカラモノ”とか、”ほうせき”は、ガラス玉やプラスティックビーズだったようにも思う。だって、プラスティックの指輪をおばあちゃんに買ってもらって、ずっと宝石箱に入れて、時々、指にはめてみたりして大切にしていたもの。
それでも、わたしはこの歳になっても、かのじょのことを鮮明に思い出す。
ずっとずっと、忘れないだろうな。
ひがきさちこちゃん、あなたのことを。
うっとりするきらきらの思い出を、ありがとう。